【怖い話】魔法のレシピ

 

近所のママ友にKさんという女性がいる。
30代半ばで2児の母。
そのKさん、料理がとても上手だと近所のママ友の間で評判だった。
そこらのレストランなど足元にも及ばない。
Kさんのレシピを教えてもらったのだけど、自分で同じ材料、同じ分量でトライしても同じ味にならないし、近所のママ友の誰もKさんの味を再現することはできなかった。
それこそ料理のテクニックということなのか。
みんなしきりに感心し、Kさんを称賛した。

そんなある日、お裾分けを持っていったお礼にKさんのご自宅でお茶をいただく機会があった。
紅茶をいただいたのだけど、我が家のものとは比べ物にならないくらい香りもよく、味が深かった。
「いったいどんな茶葉を使っているの?」
聞くと、地域のみんなが使うスーパーで売っている廉価な既製品だった。
そんなわけがない。
誰が淹れたって差なんてでそうにない紅茶が、こんな劇的に変わるだろうか。
何か秘密があるに違いない。
私は、わざとおかわりをお願いして、キッチンで紅茶を淹れるKさんを観察した。
覗き見みたいで嫌だったけど、好奇心が勝った。
すると、Kさんが、紅茶に何か別の液体を入れているのが見えた。
砂糖抜きでお願いしたので、シュガーシロップなどではない。
Kさんの料理の腕前の秘密は、あの液体に違いない。
私はKさんがお手洗いに立った隙に、小さいボトルに入ったその液体を確かめていた。
無色透明で香りもない。
指に垂らして一口舐めてみたけど、味もない。
一体何の液体なのか、さっぱりわからなかった。

それ以来、私はKさんの手料理を食べるのをやめた。なんだかわからない液体が入ってる料理を食べるのにためらいがあったのだ。
ママ友には、Kさんの家で見た謎の液体については黙っていた。
話したところで理解してもらえる自信がなかった。
私がKさんを僻んでいるとしか思われなさそうな気がした。
けど、あの正体不明の液体が味付けの鍵を握っているのは間違いないと思った。

この頃、ママ友の人間関係に変化があった。
以前は、リーダー的存在のママ友が別にいたのだけど、最近はKさんが中心的存在にとって変わってきた。
Kさんの言葉は絶対。
まるで信奉者の集まりみたいで、外から見ると宗教じみていた。
求心力の要はKさんの料理だ。
Kさんがふるまう料理にみんな舌鼓を打ち、褒めたたえ、Kさんを崇める。
私だけ、何かと理由をつけて遠慮したり、食べたふりをして、Kさんの料理を食べないようにしていた。
距離を置いて眺めてみると、Kさんの料理を食べる時のみんなの姿は異常としか言えなかった。
目を見開き、しゃべるのも忘れ、無我夢中で料理をむさぼる。
まるで、ドラッグ中毒の人達みたいだった。
きっと、あの液体に依存性を高め人を狂わせる作用があるのだと、私は思った。

お呼ばれが減り、ご近所づきあいが薄くなったけど、あんな異常な集団に属しているよりはマシだ。
そう思っていた、ある日。
インターフォンが鳴ったので、玄関のドアを開けると、Kさんが立っていた。
Kさんの後ろには、ご近所中の奥さん方がズラッと控えていた。
みんなタッパーやラップにくるまれた料理を手にしている。

「お裾分け持ってきたの」

そう言ってニィと笑ったKさんの顔は、とても人間には見えなかった・・・。

#432

-怖い話