【怖い話】通夜の徘徊者

 

これは、仕事でお世話になった方が亡くなりお通夜に参列した時に体験した怖い話です。

片付けなければいけない仕事を終え、私が到着した時には、100人ほど入る葬儀場の席はほぼ埋まっていて、お寺の住職が読経しているところでした。
後ろの方の席に空きを見つけ、私は座りました。

お隣には着物を着た70歳過ぎの銀髪のご婦人が座っていました。

読経を聞きながら故人との思い出に耽っていると、焼香が始まりました。
自分の番が近くなった時、立ち上がって祭壇の方に向かいました。
不思議なことに、私の隣に座っていたご婦人は立ち上がりませんでした。
焼香を済ませ遺族にご挨拶して、自分の席に戻りました。
「ご焼香いかれないんですか?」
私は隣のご婦人に声をかけましたが、反応はありませんでした。
もしかしたら耳が遠いのかな、そう思ってそれ以上は気にしませんでした。

通夜が終わると、祭壇から棺が降ろされ、参列者と故人の最後のお別れの時間となりました。
一目、仏様を見て挨拶してから帰ろうと私は帰路につく参列者の間を縫って祭壇の方に向かいました。
眠っているようなとても穏やかな死に顔でした。
もうお話したりできないのかと思うと、改めて故人の死を実感し、込み上げてくるものがありましたが、きちんと別れの挨拶を心でして、私は踵を返しました。

振り返ってハッとしました。
銀髪のご婦人がまだ席に座っていたのです。
式が終わったのに気づいていないのだろうかと思いましたが、目はしっかり開いていて、ジッと一点を見つめています。
皺だらけの顔に表情はまったくなく能面を被っているように見え、失礼だと思いましたが、なんだか気味悪く感じました。

私は、なんとなくご婦人と視線がかち合わないよう目を伏せ、通路を出口の方へ進んでいきました。
ふと、視界の隅でご婦人の首が動くのが見えました。
音を当てるならキリキリキリというカラクリ人形のような機械的な動作でした。
気になってしまい、ご婦人の視線の先を追いました。

70歳過ぎの老夫婦が通夜会場から帰ろうとしていました。
銀髪のご婦人はふいに立ち上がると、その老夫婦の方へ向かいました。
会話をするわけでもなく、老夫婦の知り合いには見えませんでしたが、ピタッとすぐ後ろについて一緒に歩いていきました。
老夫婦は後ろの婦人に気がついていないように見えました。

私も帰ろうとしていたので、自然と3人の後ろを歩く形で駐車場に向かいました。

前を歩く老夫婦が自分達の車に乗り込もうとしているのが見えました。
その時、私は目を疑う光景を目撃しました。
老夫婦の後ろを歩いていた銀髪の婦人が、車の後部ドアに溶け込むように消え、その次の瞬間、いきなり後部座席に現れたのです。
私はその場で固まりました。
はじめて幽霊というものを目撃しました。
老夫婦のご主人が運転する車は、後部座席にご婦人の幽霊を乗せたまま、葬儀場を後にしました。

葬儀場だから幽霊がいてもおかしくないのかもしれませんが、なぜ老夫婦についていったのだろう。
答えの出ない問いが頭を何度もよぎりました。

・・・それから何人ものお通夜や告別式に参列しましたが、時おり、同じ銀髪のご婦人の幽霊を見かけました。
他の参列者に違和感なく溶けこんで式に参加し、式が終わると幽霊は毎回、参列者の誰かの後についていきました。

何度目かで法則がわかりました。
幽霊がついていった人は死期が近い人だったのです。いや、もしかしたらご婦人の幽霊が取り憑いて、死へと誘っているのかもしれません。
いずれにせよ、ご婦人の幽霊は'死神'のような存在なのではないか、私はそう思うようになりました。

先日の通夜でも、ご婦人の幽霊を見かけました。
ところが、その日はいつもと少し様子が違いました。
参列者が全員帰った後も、ご婦人の幽霊は席に残ったままでした。
今日は誰にも取り憑くことはないのか。
そんなことを考えながら自分の車に乗り込みました。

車のエンジンをかけ、
発進する直前にバックミラーを確認した瞬間、私は心臓が飛び出るかと思いました。
後部座席に、銀髪のご婦人が乗り込んでいたのです。
ご婦人の幽霊はバックミラー越しにニィと口の端を持ち上げて笑いかけました。
ハッと振り返ると、後部座席に婦人の姿はありませんでした。

どうやら、ついに私の番が回ってきたようです。
・・・私はその時を覚悟しながら、今日々を過ごしております。

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