「で、私のカレがね・・・」
モゴモゴと菓子パンをほおばりながらBちゃんが言った。
昼休み、高校の教室でのこと。
Bちゃんの席の周りにクラスの女子数人が集まりワイワイと話している。
「このネックレスをプレゼントしてくれたんだけど」
首元のネックレスをさりげなくアピールするBちゃん。
自慢が過ぎなければ、順調な交際をアピールするのは、女子からの好感度も高い。
けど、よく見れば彼女達の笑顔が硬く強張っているのに気がつくはずだ。
私は少し離れた席から、Bちゃん達の様子を眺めていた。
『Bちゃんには本当は彼氏なんていないんだよ・・・。』
それを教えてくれたのは、Bちゃんと中学から一緒だったFちゃんだった。
中学の時から、ありもしない空想を言う癖がBちゃんにはあったのだという。
虚言癖というのか、嘘を嘘だと思わずに、自分の中で本当のことと信じ込んでしまうのだそうだ。
はじめはそんな人が本当にいるのかと信じられなかったけど、
ペアアクセサリーをデパートで買っているBちゃんが目撃された翌日、
彼氏からプレゼントされたとみんなに報告していたという話を聞いて、考え直した。
Bちゃんには、脳か心か、どちらかに問題があるのかもしれない。
それでもいじめられたり、友達が離れていかないのは、Bちゃんが、
基本的にはみんなに好かれるいい子だからだ。
例え、心のどこかで優越感や蔑みの気持ちをもたれていても、
Bちゃんの周りには人がいて、孤独ではなかった。
けど、アンバランスな人間関係はいずれ破綻するものだ。
クラスの女子のイニシアチブを取っていたKちゃんが、
自分が彼氏と別れてから、Bちゃんに冷たく当たるようになった。
「あの子、頭おかしいんじゃないの?」
本人に聞こえるのもおかまいなしにKちゃんは悪口を言うようになった。
すぐに他の子も追従した。
Bちゃんはあっという間に、居場所を失った。
「私、何かしたかな?」
BちゃんはKちゃんと直接向き合って、頑張って流れを変えようとした。
けど、火に油を注いだだけだった。
無視、陰口、いやがらせは日々、苛烈になり、イジメは収まらなかった。
Bちゃんはイジメていい子。
クラスの中にそういう空気ができあがった。
誰にも止められなかった。
Bちゃんが不登校になるまでそう時間はかからなかった。
そして、最悪の結末を迎えた。
不登校になってしばらくして、追い詰められたBちゃんは自ら命を絶った。
Bちゃんの話はタブー。
誰が言ったわけでもないけど、クラスのみんながその話題を避けた。
自分達の罪に蓋をしてやりすごそうとしたのだ。
そして、半年もすると元通りの日常が完全に戻った。
・・・恐ろしい出来事が起き始めたのは、それからだ。
新しい彼氏ができた3日後、
Kちゃんが駅のホームに転落して走ってきた電車に轢かれて亡くなった。
その一週間後には、クラスの別の女子が階段から転落して亡くなった。
率先してBちゃんのイジメに加担していた子で、
その子もはじめて彼氏ができたばかりだった。
『彼氏ができると、怒ったBちゃんに殺される。』
『Bちゃんの呪いで2人は死んだ。』
そういう噂が立った。
噂を真にうけて、その時付き合っていた彼氏と別れた子さえいた。
そんな時、
学校帰りに駅で電車を待っていると、
私は他校の男子生徒から声をかけられた。
「連絡先を教えてくれないかな?」
少し文化系のにおいがする細身の爽やかな男の子だった。
名前はCくんというらしい。
仏様みたいな額のホクロが印象的だった。
唐突な出来事にとまどったけど、嬉しくなかったといえば嘘になる。
何度かLINEでやりとりするうち、交際して欲しいと告白された。
私は、返事にとまどった。
ひととなりを知るにつれ心は彼にどんどん惹かれていった。
彼の気持ちに応えたかった。
けど、例の噂がひっかかった。
『彼氏を作ると、Bちゃんが怒って殺しにくる。』
噂に過ぎないと思うのだけど、もしかしたらという気持ちはあった。
私はBちゃんのイジメには加担していない。
恨みを買っているとは思えなかった。
結局、私はCくんを好きという気持ちに従った。
生まれてはじめてできた彼氏だった。
はじめてのデートは映画を見に行くことになった。
目一杯のお洒落をして待ち合わせの駅前に向かった。
歩いていると、LINEの通知がきた。
クラスの女子で作ったグループLINEだ。
私は関わっていなかったけど、Bちゃんに対するいじめの舞台になったグループだ。
メッセージはFちゃんからだった。
「ごめんね」という一言から始まる内容は、おぞましい告白だった。
「全部私の嘘だったの。Bちゃんには、ちゃんと彼氏がいた。
Bちゃんは、恵まれすぎてるから、イタイ子だと思われればいいって、
彼氏なんて本当はいないって嘘の噂を流した。
一人でペアアクセサリー買っていたというのも私が流した嘘」
「Bちゃんの彼氏が、自殺の原因は私達にあるって気づいて、すごく怒ってる。
彼、このLINEグループに入っている全員を殺すつもり。
みんな彼を見かけたら、気をつけて」
そして最後に3枚の写真が添付されていた。
Bちゃんと、Kちゃんと、亡くなったもう一人の子が彼氏と写っている写真。
3人の彼氏はまったく同じ人物だった。
Bちゃんの彼氏が、
復讐のために、死んだ二人に気があるフリをして近づいたということだ。
ただ、私が驚いたのはそこではなかった。
印象的な額のほくろ。
まるで仏様みたいな柔らかい顔。
写真に写っていたのは間違いなくCくんだった。
赤信号で立ち止まった瞬間、背中に押されたような衝撃を感じた。
首をひねると、手を突き出して、不気味な微笑みを浮かべたCくんが立っていた。
・・・それは、私が最後に見た光景となった。
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