貴船神社の怖い話

京都市左京区にある貴船神社は、水神を祀る神社として知られていて、清流の貴船川沿いに伸びる参道は涼しい山の空気に包まれていて訪れる人々の心を洗い清める。
また縁結びのパワースポットとしても有名で、京都有数の観光スポットとなっている。

しかし、貴船神社には、丑の刻参り発祥の地という、もう一つの顔がある。
丑の刻参りとは、いわずと知れた呪術の一種で、丑の刻(午前1時から午前3時ごろ)に神社の御神木に憎い相手に見立てた藁人形を釘で打ち込んで呪いをかける昔ながらの呪法だ。
貴船神社は午後8時に門がしまるのに、いまでも新たな藁人形が神社の敷地から発見されるというから恐ろしい。

これは、そんな貴船神社で、W田さんが体験した怖い話だ・・・。

W田さんは30代で、旦那さんと小学1年生の息子さんの3人家族。
旦那さんの夏休みに合わせて、家族で京都旅行に訪れた。
W田さんも旦那さんも何度目かの京都で、2人ともまだ行ったことがなかった貴船神社に行ってみようという話になった。

鞍馬線「貴船口」で電車を降りると、神社まで緩やかな山道が続いている。
歩くと駅から神社まで30分ほどかかるが清涼な山の空気を吸いながらの散策は楽しかった。
息子さんも、ちょっとしたハイキング気分ではしゃいでいた。

貴船神社の本殿に参拝を終えて参道を下っていた時、ふいに息子さんが駆け寄ってきた。
「ママこれ見て」
そう言って、息子さんは手に握ったものを見せてきた。
W田さんは思わず絶句した。
息子さんが手に持っていたのは、藁人形だった。
しかも胸に五寸釘が刺さっている。
「こんなものどこで見つけてきたの!?」
問いただすと、
「あっちの木にくっついてたんだよ」
と息子さんは向こうの杉の木を指差した。
「こんなもの拾ったらダメよ!」
W田さんは、息子さんから藁人形を奪い取ると、近くの藪に投げ捨てた。

W田さんの激しい口調に息子さんはシュンとなってしまい旅行の楽しい雰囲気が台無しになってしまったけど、旦那さんがアイスを買ってあげると、息子さんはすっかり元気を取り戻し、W田さんも気持ちを切り替えて観光を続けた。
一体あの藁人形はなんだったのだろうという気持ちの悪さは残ったが、頭の中からしめだすようにつとめた。

ホテルに帰って夕食を食べ終えると、クタクタに疲れていたのか旦那さんと息子さんはお風呂も入らずに眠ってしまった。
W田さんは、窓辺の椅子に座り、京都の街の夜景を眺めながら、1人お酒を飲んで時間を潰していた。

その時だった。
「うーん、うーん」と唸るような声が聞こえた。
ベッドで旦那さんの横に眠る息子さんが苦しそうにうなされていた。
悪い夢でも見ているのだろうかと心配して寝顔を見にいくと、W田さんは息子さんが眠るベッドの下から何かがはみ出しているのに気がついた。
屈んで、それを拾い上げると、「いや!」と思わず声が出た。
それは藁人形だった。
貴船神社で確かに捨てたはずなのに、どうしてここにあるのだろうか。
息子さんが隠れて拾ってきたのか、いや、そんな素振りもなかったし、時間もなかったはずだ。
だとしたら、、、勝手に藁人形がついてきた?
W田さんは、自分の想像に寒気を覚えたが、勇気を出して、藁人形の端を持ってつまみあげ、ビニール袋に入れて固く縛ってゴミ箱に捨てた。
それから、あおるようにお酒を飲んだ。

気がつくと朝になっていた。
椅子に座ったまま眠ってしまったらしい。
旦那さんと息子さんを起こすとシャワーを浴びた。
髪を乾かしている時、ふとゴミ箱が目に留まった。
昨夜の出来事を思い出し、ゴミ箱の中のビニール袋を検めると、奇妙なことに袋がペタッとして薄くなっている。
急いで結び目をほどくと、藁人形は消えていた。
あれは、夢だったのだろうか・・・。

その時、突然、お風呂場の方から息子さんの泣き声が聞こえた。
旦那さんと一緒にシャワーに入っていたはずだった。
慌てて駆けつけると、お風呂場の床に座り込んで泣いている息子さんを旦那さんが介抱していた。
「どうしたの?」
「いきなり熱湯が吹き出したらしいんだ」
見ると、息子さんの肩のあたりが赤くなっていた。

幸い息子さんは火傷もしておらず氷で冷やして痛みはひいたようだった。
ただ、W田さんは心穏やかではなかった。
あの藁人形のせいではないのか。
そんな気がしてならない。
旦那さんに相談してみたけど、寝ぼけたんだろと笑われただけだった。

藁人形のせいで、その日は全く気が乗らず、観光も楽しめなかった。
息子さんの希望で京都タワーにいったが、京都の街全体が薄暗く陰鬱に見えて仕方がなかった。
それに朝からずっと誰かに視られているような気がしてならなかった。

京都タワーの観光を終えると、お昼を食べるお店を探して、街を散策した。
「ここ、いいんじゃないか」
旦那さんが、ある小料理屋さんの前で足を止めた。
お店の前に置かれたメニューをW田さんが眺めていると、「ママ、危ないよ!」と息子さんの声がした。
ハッと右手を見ると、若い人が運転するマウンテンバイクが猛スピードでW田さんの方に突っ込んできていた。
間一髪、お店の方に避けて、マウンテンバイクはそのまま走り去っていった。
息子さんが声をかけていなかったら、接触事故を起こしていたに違いない。
W田さんは、身が凍る思いがした。

お店に入ると、W田さんは、気持ちを落ち着けようと思い、旦那さんと息子さんにメニューを選んでもらっておいて、お手洗いに立った。
女性用の個室に入って、フッと息をついた時、ただならぬ気配を感じ、視線を上げた。
思わず叫び声をあげそうになった。
個室の内側のドアに藁人形が五寸釘で打ちつけられていたのだ。
慌てて席に引き返し、旦那さんに事情を話して女子トイレを確認してもらうと、藁人形は忽然と消えていた。
「大丈夫か?今日、ずっと変だぞ」
旦那さんはまるでW田さんがノイローゼになったかのように扱った。
けど、決して見間違えなどではなかったし、貴船神社で拾った藁人形が原因だとW田さんは確信していた。
あの藁人形を粗末に扱ったせいで、呪いをかけた人の念がW田さんに向かっているのではないか。
そう考えたW田さんは、息子さんを旦那さんに見てもらって、別行動を取ることにした。
もちろん渋い顔をされたけど、体調が悪いと誤魔化して旦那さんを納得させた。

W田さんは、2人と別れると、急いで貴船神社に向かった。
投げ捨てた藁人形を回収して、神社の人に供養してもらうつもりだった。
観光客の隙間を縫って参道をのぼっていった。
藁人形を捨てた場所まで来ると、周りの目も気にせず、藪の中に入っていった。
しばらく藪をかき分けて探すと、昨日捨てた藁人形を見つけた。
藁人形を手に掴んで参道を本殿に向かって駆け上った。
境内で神社の関係者らしき人を見つけ駆け寄ろうとした時、手の中の藁人形が意思を持って抵抗するかのように別の方角に強くW田さんを引っ張った。
W田さんをどこかへ連れていこうとするかのようだった。
藁人形が引っ張る先には絵馬の奉納場所があった。
そういえば、昨日参拝した時、旦那さんが絵馬を書いていたのを思い出した。
W田さんは、藁人形に引っ張られるように絵馬の奉納場所に近づいていった。
そして、導かれるまま、一枚の絵馬を手に取った。
裏返してみる。
それは、まぎれもなく旦那さんの字で願い事が書かれて絵馬だった。
「◯◯と□□と離れられますように」
◯◯と□□にはW田さんと息子さんの名前が書かれていた。
頭を石で殴りつけられたような衝撃だった。
呪っていたのは藁人形ではなく旦那さんだったのだ。
あんな男・・・。
W田さんの心の中で、旦那さんへの憎しみと怒りがムクムクと膨らんだ。
あんな男、死んでしまえばいいんだ・・・。
W田さんは、絵馬をむしり取ると、フラフラと杉木立の中に入っていき、近くにあった石を拾い、藁人形を木の幹に打ちつけ出した。
トーン!
あんな男死んでしまえばいい・・・。
トーン!
死ね!
トーン!
死ね!
ピリリリリ・・・!

携帯電話の着信音でW田さんはハッと我に返った。
電話は息子さんからだった。
「ママ!パパが、パパが・・・」
それは、旦那さんが突然倒れたという知らせだった。
杉の木に打ち付けられた藁人形を見て、W田さんは茫然となった。
手に握り込んでいた絵馬には何も書かれていなかった。
なぜこんなことをしてしまったのか。
W田さんは、取り返しのつかない間違いを犯してしまった気がした。
その時、何の表情もあるはずがない藁人形がなぜか笑っているようにW田さんには見えた。

病院に駆けつけると、旦那さんは緊急手術の真っ最中だった。
病院の先生の話では、急性心筋梗塞だという。
手術中、W田さんはずっと旦那さんの無事を祈り続けた。
お願いします、どうか主人を助けてください、お願いします。
熱心に心の中で祈りを唱え続けた。
何時間もの手術の末、旦那さんは一命を取りとめた。

旦那さんは、嘘のようにみるみる回復していった。
病院の先生も旦那さんの回復力に驚いていた。
W田さんは、旦那さんが元気になると、ずっと気になっていた質問を聞いてみた。
「あなた、貴船神社で絵馬を書いてたわよね。なんて書いたの?」
「それはもちろん、家族3人、幸せに暮らせますようにって」
旦那さんはやはりあんな絵馬を書いてはいなかったのだ。
その答えを聞いてW田さんは心から安心した。

W田さん一家は今ではすっかり日常を取り戻し家族3人で幸せに暮らしている。
けれど、貴船神社で体験したあの出来事を思い出すと、W田さんは今でも恐ろしい気持ちになるという。
W田さんは、貴船神社で丑の刻参りをした女達の念に取り憑かれ、旦那さんに呪いをかけるよう仕向けられたのかもしれない・・・。

#518

-心霊スポット, 怖い話