【怖い話】山奥のサファリパーク

山の怖い話

まだカーナビもネットもあまり浸透していない時代のこと。
Bさんはつきあっていた彼女と一泊のドライブ旅行に出かけた。
当時は地図を片手に車を走らせていたので、遠出の旅行ともなると、たいてい何度か道に迷う。
その時も、帰りにうろ覚えで車を走らせたら、行きには通らなかった道に出てしまった。
方向は間違ってないから、てきとうに走らせてれば元の道に戻るだろうと思っていたのだが、車はどんどんと山奥に入っていった。
「ねぇ、この道あってる?」
彼女も行きには見なかった繁々とした山道に不安になったようでBさんに聞いてきた。
「大丈夫、大丈夫」
Bさんは自分に言い聞かせるように言ったが、顔は引き攣っていた。
しばらくすると、看板が見えてきた。
サファリパークの案内だった。
この道をまっすぐそのまま進むとサファリパークがあるらしい。
「ちょっと寄ってく?」
Bさんは言った。
旅行帰りは立ち寄りスポットを特に決めていなかったので、渡りに船だった。それに、正直、道に迷ったせいで余計に疲れていたのでBさんは少し休憩したかった。
「いいよ」
彼女も同意してくれたのでサファリパークへの立ち寄りが決まった。

5分ほどさらに山を登ると、サファリパークの駐車場が見えてきた。
休日にも関わらず車は一台も停まっていない。
もしかしたら営業していないのだろうかと不安になったが、その不安は杞憂だった。
チケット販売窓口にはちゃんと人がいた。
「大人二人」
と告げると、愛想の悪いおばちゃんが黙ってチケットを渡してきた。

マップや案内を確認したところ、このサファリパークは歩いて園内を巡る形式らしい。
そこまで広くなさそうだったが、キリンやシマウマなどは見れるらしい。
さっそく入場ゲートを通って園内に入るが、強烈なニオイに鼻がもげそうになった。
動物の糞便なのか園の空気全体に嫌な臭いが充満していた。彼女も、そうすればニオイが取れると思ったのか服を払っている。
ニオイだけでなく雰囲気もなんだか悪かった。
空は快晴なのに、空気は暗く澱んでいて、どこもかしこも手入れが行き届いておらず、植物は伸び放題、備品はサビだらけだった。
駐車場があれでは仕方ないことだが、他のお客さんにでくわすこともなく余計に心細い感じがした。
チケットを買っていなければとっくに廃園した動物園だと信じて疑わなかっただろう。

少し歩くと草食動物のエリアが見えてきた。
広々としたエリアにたくさんの動物が放し飼いになっていると案内に書かれているが、辛うじて鹿のような動物が数匹草を食んでいるのが見られたくらいで、ほとんど動物はいなかった。
草食動物エリアを抜けると、次はサルのエリアだったが、どの檻にもサルは1匹もいなかった。
「なんもいないじゃん」
彼女は不満そうに口を尖らせた。
檻の中の草木が時折、ガサガサと揺れるので、何かしらいるのかもしれないが、全く姿は見えない。
それまでの園内の有様を見ているので、目を凝らして動物を待とうという気持ちも湧いてこない。
「帰る?」
「そうしよ」
でも、チケット代がもったいないし、すでに1/3ほどは来ているので、二人はサッと園を一周回って帰ることにした。
ほぼ早足のスピードで歩いていく。
時折、チラリと檻の向こうに視線を投げるが、ことごとく何もいない。
マップ通りにいけば10分程度でゲートに戻ってくるはずだったが、またもBさんは道に迷ってしまった。
「しっかりしてよ」
いらだったように彼女が言った。
ついには、マップにすら載っていないクマやトラのプレートがついた檻が現れて、余計に頭が混乱した。
例によって、肝心の動物達の姿はなかった。
やがて、二人は園の最奥と思われるスペースに出た。
先に進む道はなく、突き当たりに檻が設置してある。
プレートには、
「ヒト 哺乳類サル目ヒト科」と書かれていた。
……人間の檻?
何かの皮肉かジョークなのだろうか。
黒光りする鉄柵の向こうには、何の生物もおらず、一脚の椅子だけが置かれていた。
「なにこれ…」
彼女は悪趣味だと言いたげに顔を歪めた。

「ごめんね」
突然声をかけられBさんと彼女は短い悲鳴をあげて驚いた。
振り返ると70歳くらいのおじいさんが作業着にバケツと掃除用具を持って立っていた。
二人がこの動物園で初めて見た飼育員さんだった。
「今休憩でさ、いないんだ」
「……休憩中?」
意味がわからず、つい聞き返してしまった。
「もうすぐ見れるから待ってたら?」
そう言うと、おじいさんは皺をくちゃくちゃに寄せて笑った。
その笑い方がなんだか作り物じみていて気味が悪かった。
「いこ」
ふいに彼女がBさんの服を引っ張って、檻から遠ざけた。
「もう帰りたい」
Bさんの服を掴む彼女の指が震えていた。
「うん」
Bさんは彼女の手を握って、その場から足早に離れていった。
「せっかく来たんだから見ていきなよ〜」
しばらくした振り返ると、笑顔を顔に貼りつけたおじいさんがまだBさんと彼女の背中を見つめていた。
そこからは、とにかく早く園の外に出たくて、彼女の手を引いて小走りで進んだ。
どうやって出たのかはよく覚えていないけど、なんとか駐車場には戻ってこれた。
二人とも汗びっしょりだった。
すぐにその場を離れたくて車を走らせた。
しばらくすると、彼女がBさんにぽつりと言った。
あのままあそこにいたら、ヒトって檻に自分達が入れられるような気がして怖かったと。
実はBさんも全く同じことを思っていた。

後年、インターネットが発達してから、Bさんは何度となくそのサファリパークがどこにあったのか調べてみた。
しかし、いくら調べても、あの日のサファリパークを見つけることはできなかった。
あれは本当に存在するサファリパークだったのか。
それは、今もって、わかっていない。

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