向かいの部屋 #011

2017/09/29

 

私が数年前まで住んでいたマンションは東向きで、通りを挟んだ向かいのマンションは西向きだったので、ベランダ同士が向き合うように建物が建っていた。
私が住んでいたのは単身者向け6階建てマンションの4階の角部屋で築年数が浅くオートロック。
女の一人暮らしにはもってこいだった。
対して、向かいのマンションは、ファミリー向けの築30年以上は経っていそうな古びたマンションだった。

当時、私は、勤めていた貿易会社の業績が好調で忙しく、朝は早く、帰りは10時を過ぎるという生活だった。

そんな、ある日の夜のこと。
カーテンの隙間から、向かいのマンションがたまたま目に入った。
向かいの部屋の住人らしき人影がベランダに立っているのが見えた。
辺りは街灯も少ないので黒い影のシルエットしか見えないが、どうも男性のようだ。
初めはタバコでも吸っているのかなと思ったが、そうでもないらしい。
手すりをつかんでただ立っているだけである。
その日は、特にそれだけで何の気にも止めていなかった。
だが、男性がベランダに立っている日が3、4日と続くと、だんだんと気味が悪くなってきた。
しかも、私が眠るまでずっとベランダに立っているのだ。
もしかしたら覗かれているのかな・・・?
被害妄想だと思いつつ、どうしてもそんな気分が拭えない。
私は、カーテンの隙間をきっちり閉めるようになった。
それでもどうしても気になってしまい、仕事から帰ると、カーテンの隙間からそっと向かいの部屋を見てしまう。
すると、やはりいる・・・。
絶対おかしい。そう思うのだが、どう対処していいのかわからなかった。
ベランダに立つのは向かいの住人の自由なのだから、私がとやかく口を出していいものなのかと思って、誰にも相談できずにいた。

1か月くらいそんな状態が続いた、ある朝。
窓を開けると、向かいの部屋の方から聞いたことがない子供の嬌声きょうせいが聞こえてきた。
見てみると兄妹らしい子供二人が楽しそうにはベランダで追いかけっこをしていて、そんな二人の様子を、家の中からお父さんらしい男性がじっと眺めていた。
今まで子供の姿など見たことがなかったから、ベランダに立っていた住人は引っ越して、新しい家族が入居したのではないか、そんな期待を抱いた。

その日、出勤前にゴミを出しに行くと、向かいのマンションの前で二人の老婦人が話し込んでいた。
耳に入ってきた会話の内容から、どうもオーナーと住人の一人らしいとわかった。
「ようやく、あの部屋に人が入ったんだねえ」住人の老婦人の言葉に、オーナーらしき老婦人が答えた。
「そうなのよ。あんなことがあって困ってたから、よかったわ・・・」
あんなこととはどんなことなのか、そして、ずっとベランダに立っていた人物は何者なのか、私は聞くことができなかった・・・。
その時、スーツを着た男の人が向かいのマンションから出てきて二人に朗らかに挨拶をして駅の方に歩いて行った。
「ほら、今のが旦那さん」オーナーらしき老婦人が言った。
それを聞いて私は身が凍る思いがした。
さっき、ベランダで遊んでいる兄妹を部屋の中から見つめていた男性はまったくの別人だったからだ。
私は、ハッとして上を見上げた。
例の向かいの部屋のベランダから、男が私をじっと見下ろしていた。
顔色はどす黒く、表情という表情がまるでない。
焦点のあっていない目で、私をじっと見つめている。
男の存在自体がくすんでいるような感じだった。
アレは生きていない・・・そう直感した。
男はクルリと向きを変えると、部屋の中へ入っていった・・・。
まぎれもない戦慄を私は感じた。

その後もときおり、その男を見かけることがあった。
ベランダにじっと立っていたり、洗濯物を干す奥さんの横にいたり、向かいの部屋の家族が夕食を取っている様を傍でじっと見つめていたり。
私は怖くなり、すぐに引っ越したが、向かいの部屋の家族が無事であることを祈るばかりだ・・・。

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