【怖い話】夜に立つもの

Tさんは、窓から自然が眺められる一軒家に住むのが昔からの憧れだった。
結婚し子供も生まれ、一軒家の購入を考えはじめたが、なかなかいい物件には巡り合わない。
通勤や子供の通学を考えると、利便性のよいところにどうしてもなってしまうし、その条件で自然豊かな場所となると資金が足りない。
何件も不動産屋を巡って内見を繰り返し、ようやく納得できる物件を見つけたのが、今住んでいる中古の一軒家だった。

その一軒家は、最寄駅からバスで15分程度のところにある。
家の目の前に公園があって、その公園を囲むように住宅が建ち並んでいる。
公園は学校のグラウンド程度の広さだったが、遊歩道が整備され四季折々の木々や花々が豊かで眺めのいいロケーションだった。
二階の窓を開ければ、緑豊かな公園が眺められる。
規模は比べようがないが、気分は、ニューヨークのセントラルパークの近くに住んでいるようなものだった。

Tさんの奥さんと6歳になる息子も新しい家をとても気に入った。
特に息子は、目と鼻の先に遊び場があるので、毎日のように遊びに出かけ顔を土だらけにして帰ってくる。
親よりも早く近所の子供達と仲良くなってしまった。
Tさん一家は新天地での暮らしを満喫していた。
ある出来事が起こる前までは・・・。

それは、満月の夜のことだった。
お風呂からあがってTさんが二階に行くと、息子が窓の前に立って外を眺めているのに気がついた。
何かに目が釘付けになっている。
「どうしたの?」
Tさんが声をかけると、息子は窓の外を指さした。
「あの人変だよ」
Tさんは息子の指の先へ目をやった。
オレンジの街灯の光だけとなった公園は敷地のほとんどが暗闇に包まれていた。
その公園の中央広場に人影があった。
シルエットだけなのでどんな人物かはわからないが、なんとなく男性のように見える。
息子が言っているのは、その人影のことらしい。
目を凝らしてみてみると、人影が動いているのがわかった。
身体をくねくねとよじらせている。
踊っているように見えなくもないが、どちらかというと芋虫が前へ進もうと身を伸縮させているような動きに近かった。
酔っぱらいだろうか。
息子が変だと表現したのも納得だった。
夜の暗い公園で身体をくねらせているシルエットはなんとも気味が悪く見えた。
「あの人なにしてるの?」
息子が目をパチクリさせて純粋な好奇心で聞いてくる。
「さあ、体操かな?さ、もう寝よ」
Tさんはそう言って、打ち切るように、息子の背中を押して部屋へ促した。
なんとなく見続けさせたくなかった。
自分自身が見ていたくなかったのかもしれない。
その日、部屋の明かりを消して目をつぶると、まぶたの裏に身体をくねらせるシルエットが浮かび、なかなか消えてくれなかった。

その翌日。
仕事から帰ってきたTさんが階段を上がって、窓の外にふと目をやると、公園の広場にまた人影があった。
昨日と同じ人物だろうか。
なんとなく足を止め、人影を見つめた。
昨日と違い、人影は広場で行ったり来たりを繰り返している。
夜とはいえ、公共の場所なので、Tさんにあれこれいう資格はないことはわかっていた。
けど、胸の内からなんともいえない不快感が湧いてくるのをTさんは感じた。
理由はTさん自身もよくわからなかった。

次に夜の公園で人影を見かけたのは、それから3日後だった。
人影は、公園の遊具で遊んでいた。
一人きりでブランコに乗ったり、ジャングルジムに登ったりを繰り返している。シルエットからしてどう見ても大人だった。
「また、いるの?」
奥さんがやってきて言った。
奥さんにも夜の公園に立つ人影の話はしてあった。
「なんだか気味悪いわね・・・」
「そうだな」
Tさんは、せっかく眺めを楽しみに住み始めた家なのに、あまり窓の外を見たくなくなってしまった。

「近所の人に聞いたんだけど、誰も、夜に人影は見たことないって」
ある晩の夕食の席で、奥さんがTさんに言った。
「誰も見てないってことはないだろう」
Tさんはイライラと返事をした。
というのも、奥さんの話を聞く前に、すでに5回以上もTさんは夜の公園に立つ人影を目撃していたのだ。
人影は、毎回、違う動きをしていた。
行ったり来たりを繰り返したり、公園の遊具で遊んだり、ランニングして走っている時もあったし、ベンチにじっと座っている時もあった。
シルエットでしかないが、いつも同じ人物のような気がした。
「でも、誰に聞いても、そんな人見たことないって言われたわ」
「お前だって見てるだろう?」
「そうだけど・・・」
奥さんは口をすぼめた。
「あの男、ウチを見ているんじゃないかな・・・」
Tさんは奥さんに言った。
心の中でずっとくすぶっていた考えだった。
声に出してしまうと、それが真実のような気がした。
「なんのために?」
「俺が知るか。不審者の考えることなんか」
「私に当たられたってしょうがないわよ」
人影のせいで夫婦関係もこのところギクシャクしていた。
その時、息子が2階から降りてきた。
「パパ、今日もいるよ」
Tさんは急いで2階に上がり窓から公園を眺めた。
公園の入り口に黒い男性のシルエットが立っていた。
間違いなくTさんの家の方を向いている。
Tさんの心は怒りで沸騰した。
足音を立てて階段を降りて玄関に向かう。
「あなた、どこ行くの?」
「文句言ってくる」
Tさんはサンダルをつっかけて玄関のドアを勢いよく開けて外に出た。
しかし、数歩歩いて、立ち止まった。
通りを挟んで公園の入り口はすぐだったが、男の姿はすでになかった。
ほんの数秒で消えていた。
Tさんが出てくるのを察して逃げたのか。
「くそ」
悪態が自然と口に出た。

次に男が現れたのは、その2日後だった。
男は公園の入り口に立ってTさんの家をジッと見ていた。
広場からだいぶ距離が近くなったので男の輪郭まではっきりわかった。
Yシャツにスラックスを履いた中年の男だった。
顔の表情は暗い陰になって、うかがい知れない。
前回のような失敗はしたくない。
Tさんは、窓辺から顔を引っ込めると、すぐに警察に電話を入れた。
自宅前に不審者がいると告げると、警察官を派遣するとオペレーターの返事があった。

それから30分くらいして、Tさんの家のインターフォンが鳴った。
出ると、制服を着た初老の警察官が立っていた。
「先ほど通報されましたか?」
「はい。それで、どうなりましたか?」
「それがですね・・・」
初老の警官は歯切れ悪く言った。
「誰もいなかったんですよ。しばらく公園の回りをパトロールしましたが、不審な人間は見当たりませんでした」
「そんな!たしかにいたんです」
またも察して男は逃げたのか。
Tさんは、初老の警官にこれまでのいきさつをまくし立てた。
切実にこのストレスを誰かにぶちまけたかった。
初老の警官は聞き終わると、
「それは大層ご心痛でしょうなぁ」
と眉毛を下げて同情の言葉を並べたが、自分にできることは何もないと表情が語っていた。
初老の警官は「また見かけたら連絡ください」と言って切り上げるように帰ってしまった。

夢のマイホームだったはずなのに、どんどん悪い方に向かっている。
Tさんの心は蝕まれていった。
公園が忌まわしい場所に思えた。
どうにかしないと。
そう思うのだが、どうしていいか答えが見つからない。
悶々とした日々が過ぎていった。

その日、仕事が遅くなり10時過ぎに帰宅したTさんは玄関のドアを開けて、違和感を覚えた。
家の中が真っ暗だった。
奥さんと息子がいるはずなのに、なぜか家に誰もいない感覚がした。
どうして?
Tさんは急いで靴を脱ぎ捨て家を見て回った。
一階に2人はいなかった。
2人の名前を呼びながら、二階に駆け上がる。
窓が目に留まった。
まさか、、、そんなはずない、、、
Tさんは恐る恐る二階の窓から公園を見た。
2人がいた。
公園の中央広場に並んで立っている。
奥さんと息子の前に、あの人影の姿があった。
Tさんは頭が真っ白になった。
無我夢中で階段を駆け下り、靴も履かず、公園に走った。
中央広場に立つ奥さんと息子のもとに駆け寄った。
2人は、夢を見ているようにうつろな目つきだった。
揺さぶると2人とも我に返ったように目つきがはっきりした。
「あなた、どうしたの?」
不思議そうに奥さんが言う。
Tさんは、安堵でその場に座り込んだ。
男の姿は忽然と消えていた。

奥さんと息子は、何も覚えていなかった。
気がついたら公園にいたという。
あの人影は2人を連れていこうとしていたに違いない、Tさんはそう確信した。
目的も正体もわからない。
ただ、邪悪な存在であることだけは確かだった。

Tさんは、それからすぐ、引っ越しを決めた。
マイホームを手放すのは苦しかったが、家族の安全にはかえられない。
新しい賃貸物件ではおかしな出来事に見舞われなかった。
また家族3人、慎ましいながら幸せな生活を取り戻した。

かつてのご近所さんから、あの家で一家心中が起きたと聞いたのは、それから数年後のことだった。
噂では、その一家もまた、夜の公園に立つ人影に悩まされていたという。

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