【怖い話】遊んではいけない池

2022/04/21

僕の地元には、遊んではいけない池がある。

集落から10分ほど山道を登ったところにあり、周りを藪に囲まれた、小さな溜め池だった。
水は濁って澱んでいて、藻や水草が多いので、泳ごうものなら身体に絡みついて上がってこれなくなると言われている。
昔から水難事故が多かったらしい。
危ないので子供は近づかないようにと家でも学校でも口酸っぱく言われていた。
そんな背景があるので、溜め池にまつわる怪談話は数多くあった。

池の反対側に白い装束を着た女性が立っているのを見たとか、水際を歩いていたら水中から手が出てきて引き摺り込まれそうになったとか、水面に写る顔を覗くと別人が写るとか、バリエーション違いも含めるときりがないほどだ。

禁止されると好奇心をそそられるのが子供の性というか、大人には内緒で遊びに行く子供達は実のところ多かった。
その多くは肝試し目的だった。水が汚すぎるので、さすがに泳ごうとする猛者はあまりいなかった気がする。

僕も何度か肝試しで溜め池を訪れたことがあったが、肝は冷やしたものの、怖い体験をしたことはなかった。
それよりも、水場なので夏は虫だらけな上、藻が腐敗した臭いなのか強烈なニオイが辺りに漂っていて、怖いより不快さの方が勝っていた。

ところが、小学6年生の時、僕は溜め池の恐怖を味わう羽目になってしまった。

その年の夏は、猛暑に加えて雨不足だった。
夏休みに入り、僕は連日のように友達と遊んでいたのだけど、ある日、溜め池に肝試しにいこうという話になった。
僕は、夜どうしても見たいテレビ番組があったので誘いを断ると、みんなに渋い顔をされた。
というのも、僕の家は溜め池に続く山道の途中にあるので、拠点として一番便利なのだ。
僕がいなければ帰りに一息つくことができない。
結局、肝試しの話は、うやむやになったまま、その日は解散となった。

その翌日。
僕は不快なニオイに朝早く目を覚ました。
強烈な悪臭がした。
ニオイの出どころを探すと、布団の上に黒い物体があった。
よく見ると、それは泥と水草がからんだ塊だった。
泥はかなり水分を含んでいて、布団がぐっちょりと濡れて重くなっていた。
なんでこんなものが僕の部屋にあるんだ、、、。
こんな泥と水草があるのは溜め池くらいしか思いつかなかった。
すぐに、友達が肝試しにいこうという話をしていたのを思い出した。
肝試しからの帰りがけ、参加しなかった僕に対する嫌がらせで、溜め池の泥を布団に置いていったのだろうと思ったのだ。
窓はあけているし、僕の部屋の場所はみんなが把握している。
間違いないと思った。
窓の外を確認すると、点々と泥が地面に落ちていて、家の前の山道まで続いていた。
たどっていけば、溜め池に続くのだろう。
僕は、さすがに腹が立って、すぐに1人の友達の家に向かった。

怒っている僕を見て、友達はキョトンとしていた。
聞くと、昨日の夜、肝試しには行っていないという。
嘘をついているわけではなさそうだ。
今度は、僕がキョトンとする番だった。
他の友達にも聞いて回ったけど、みんなが同じ反応だった。
友達の仕業じゃなければ一体誰が、、、。

その日の夜、悶々とした気持ちと暑さのせいで、なかなか寝つけずにいると、ふいに、ムッとするニオイが鼻についた。
溜め池のニオイだ。
窓の外からにおっている。
こんな離れた場所まで池の悪臭が届くのは珍しい。
ニオイのせいでとてもじゃないけど寝れそうにない。
僕は窓を閉めようとして、布団を抜け出した。
その時だった。
ズチャ・・・と奇妙な音が外から聞こえた。
ぬかるみを足で踏んだような音だった。

ズチャ・・・ズチャ・・・

再び音が聞こえた。
しかも、その音は、ゆっくりと近づいてきていた。
今朝見た、点々と地面に落ちていた泥の跡・・・。
溜め池の水の中から、何かが出てきて、僕の部屋までやってきていた?
目を凝らしても、見えるのは暗闇だけ。
けど、ズチャという足音が、さっきより確実に近づいてまた聞こえた。

僕は慌てて窓を閉め、布団にくるまった。
怖くて身体がガタガタ震えた。
僕の部屋を目指して何かが来る。
気のせいだ、妄想だと自分に言い聞かせても、怖くて怖くて仕方なかった。

眠りについた記憶はなかったけど、気がつくと夜が明けていた。
恐る恐る窓を開けて確認しようと思い、僕は絶句した。
窓ガラスに、びっしり泥と水草が混ざったものがこびりついていたのだ。
やはり、昨日の夜、何かがここまで来たのだ。

僕はサンダルを履いて外に出て、泥の跡をたどっていった。
なぜ、たった一人でそんな思い切ったことをしようと思ったのか今ではわからない。
何かに突き動かされるように、目印の泥を追っていった。
思っていた通り、泥は溜め池に向かう山道に続いていた。
藪に囲まれた細い山道をしばらく歩いていく。
溜め池に近づくにつれ、鼻をつく悪臭がきつくなっていった。
そして、ようやく溜め池が見えてきた、、、はずだった。

驚いたことに、溜め池がなくなっていた。
正確には、雨不足のせいで、池の水が干上がってしまったらしい。
水がないと、思ったより浅い池だったことがわかった。
僕の目は、池の中央に並ぶ石に留まった。
長方形の、でこぼことした石が4つ地面に突き刺さっている。
なぜか、その石がとても気になった。
石の形と配置が妙に整っているように見えた。
ハッと、その石の正体に思い至り、背筋が急に寒くなった。
アレはお墓ではないのか、、、
見れば見るほどそう思えてくる。
石の表面は削れていて、判別が難しいけれど、文字のようなモノが彫られているように見えた。
溜め池にお墓が沈んでいたなんて、、、

ズチャ、、、

その時、またあの音が聞こえた。
溜め池を囲う藪の中に、僕の部屋に泥を置いていった"何か"が潜んでいる。

ズチャ、、、ズチャ、、、

それは移動を始めていた。
それが動くたび、藪がこすれてカサカサと音を立てた。
きっとこっちに来ようとしている。
全身から嫌な汗が噴き出したのがわかった。
足が震えていうことをきかない。
金縛りにあったように身体が硬直した。
僕が動けないでいる間も、それはどんどん近づいるのがわかった。
音の感覚がどんどん短く、大きくなっている。
嫌だ、、、嫌だ、、、
僕は心を奮い立たせるように叫び声を上げ、金縛りを解いて、一目散に走って引き返した。

家に帰るまで一度も振り返らなかった。
倒れ込むように走り込んできた僕を見て、おばあちゃんがびっくりしている。
なにがあったのかと尋ねるおばあちゃんに僕が説明できたのは「溜め池が怖い」ということだけだった。
けど、たったそれだけでおばあちゃんは何かを悟ったみたいで、「あそこには、昔の仏さんがたくさんいるからねぇ」とつぶやき、溜め池の由来を話してくれた。
溜め池のある土地は、大昔、お墓として祀られていたところだったが、窪地で水捌けが悪いせいで雨が溜まって水の底に沈み、いつしか祀られることすらなくなったのだそうだ。

その話を聞き、池が干上がったせいで報われない死者の魂が彷徨い出てきてしまったのかもしれないと思った。
放置され水中に没したなんて、なんだかかわいそうな気もしたけど、怖いのには変わりなかった。
その夜も、溜め池から"何か"が来るのではないかと眠れず布団の中で震えていた。

ピチャ、、、

ふいに、水の音が聞こえた気がした。
音は、すぐに、ザーッという雨の音に変わった。
窓を開けると、堰を切ったような、久しぶりの大雨が降っていた。
湿った空気が部屋の中に入ってきた。
清浄な雨のニオイがした。
その夜は、何も僕の部屋を訪ねてくることがなかった。

それから一週間、おかしなことは何も起きなかった。
きっと先日の大雨で、溜め池の水が元に戻って、お墓が再び水中に沈んだから、怪異がおさまったのではないかと思った。

夏休みも終わりかけ、僕はおこづかいで花を買って、溜め池に向かった。
せめて、花くらい祀ってあげようと思ったのだ。
溜め池はすっかり元の水位を取り戻していた。
どうか安らかに眠ってください。
僕は、そう祈りながら、花束を水際に置こうとした。
その瞬間、水の中から、骨と皮だけの手がつき出てきて、僕の腕をガシッとつかんだ、、、

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