お台場の怖い話

去年の夏、彼氏とお台場にデートに行った時の話です。
フジテレビやヴィーナスフォートなど、お台場で定番のコースを回り、レストランでディナーを食べ終えると、夜景を見ようと海浜公園を散歩することにしました。
対岸には東京の高層ビル群の明かりが宝石のように散りばめられていて、お台場から伸びるレインボーブリッジは煌びやかにライトアップされていました。
レインボーブリッジに向かって海浜公園沿いにぷらぷら歩いていると、海に面して突き出した四角い公園にたどりつきました。
台場公園というらしく、元は江戸時代の砲台があった場所だそうです。
台場公園は、海浜公園近くの賑やかさはなく、街灯もない暗い場所でした。
少し離れると彼氏の顔も判別できない暗さです。
レインボーブリッジが間近に見えるので、夜景目当てのカップルの姿はそこかしこにありました。
煌々と輝く夜景との対比からでしょうか、暗闇に包まれた公園は、世界から切り離されたような隔絶感がありました。
私は、少し怖くなり、彼の手をギュッと握りしめました。
彼も私の手をしっかり握り返してくれました。
そうして、暗い公園内を歩いていきました。
さっきまで楽しく話していたのが、気づけば2人とも口数が少なくなっていました。
ベンチが目に留まりました。
「少し休んでいく?」
足も疲れてきたので私はそう彼に提案したのですが、彼は返事をすることなく、まっすぐ前を向いたまま、私の手を引いて歩いていきました。
もう少し歩きたいのかな、そう思って我慢することにしました。
「なんか暗いね、ここ」
またも彼は返事をしないどころか、こちらを見もしませんでした。
なんで無視するんだろう。
私は気分が悪くなってきたのもあって、彼が歩くペースに合わせるのをやめ、ゆっくり歩きだしました。
ところが、彼は私の手を握る力を強めて、ペースを下げるのを許してくれませんでした。
私は半ば引っ張られるように、つんのめりながら歩かざるをえませんでした。
彼は一向に私の方を向こうとしません。
私からは彼の横顔の黒い輪郭しか見えず、表情をうかがうことができませんでしたが、何かがおかしいという感覚に襲われました。
「い・・いたいよ」
もはや突っ張るように歩みを止めようとし、彼の手から離れようとしたのですが、手を握る彼の握力は強くなるばかりで、逃れられませんでした。
彼はロボットのように一定のリズムで公園の外周を歩き回りました。
その間、話しかけても何も応えてくれず、前方の一点を見つめ続けるだけで、私は彼に引きづられるように歩き続けるしかありませんでした。
私の手を握っているのは、本当に彼なのだろうか・・・。
ふと、そんな考えが頭をよぎり、背筋にゾワッと冷たい汗が浮かぶのを感じました。
一周して入口まで戻ってくると、彼の手の力が少し和らいだ気がしました。
私はこのチャンスを逃すまいと手を一気に抜き去りました。
「いたいってば。どうしたの?」
私は怒りを露わに彼の背中に呼びかけると、彼は立ち止まり、不思議そうな顔で私を振り返りました。
「あれ?オレ、なんで?」
驚いたことに、彼は台場公園に入ってから全く記憶がないというのです。
わけもわからず私たちは台場公園から海浜公園の方に戻りました。
ムードも何もなくなり、私達は口を聞くこともなくただ歩いていきました。
結局、駅で分かれるまで私達はほとんど会話もせず帰りました。

・・・話としては、ただそれだけです。
彼とはそれからほどなくして別れることになってしまいました。
別れは私から切り出しました。
お台場デート以来、まるで人が変わったように彼との会話が噛み合わなくなったことに耐えられなくなったのです。
幽霊を目撃したり、直接的に怖い目にあったわけではありません。
でも、あの日、台場公園で彼の身に何かが起きたのではないか、そんな気がしてならないのです。
共通の知人を通して聞いた話では、彼は仕事も辞めて今では連絡も取れなくなってしまったそうです。

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