鬼怒川のホテルの怖い話

 

これは栃木県にある鬼怒川温泉のホテルで体験した怖い話です。

定年退職後、それまで家庭を顧みずに仕事中心の生活をしていたので、折をみて家内を旅行に誘うようにしていました。
今回は、家内が鬼怒川温泉に行ったことがないというので、1泊2日で旅行にいくことにしたのです。

ホテルは鬼怒川沿いにあり、エメラルドブルーの水をたたえた鬼怒川を部屋から眺め下ろすことができる景色は圧巻でした。
ただ、対岸沿いに、廃業したホテルの建物がいくつもそのままに残っていて、バブル崩壊後、経営が立ちゆかなくなり寂れていった温泉地の有様が想像され、物悲しくもなりました。

夕食を食べ大浴場の温泉に入って旅の疲れをほぐした後は、部屋で家内とお酒を飲みながらゆっくりと過ごしていました。
家内はお酒を飲むと眠くなる体質で、1時間もしないうちに横になってしまいました。
私は、窓際で一人タバコをくゆらせながら、鬼怒川の夜景をつまみに、お酒を飲んでおりました。

その時です。
対岸の廃墟に明かりが1つ灯りました。
まるでその部屋だけ営業を再開したかのようにオレンジ色の暖かい光に包まれていました。
工事か何かしているのだろうかと思いましたが、こんな夜に作業をするわけがありません。
さては肝試しにきた若者だろうかとも思いましたが、明かりは一向に移動しませんでした。
15分以上経ったのち、フッと明かりは消えました。
一体なんだったんだろうと不思議に思っていると、今度は別の部屋がパッと明るくなりました。
寝ている家内を起こして確認してもらおうかとも思いましたがさすがに憚られました。
またフッと明かりは消えました。

消えてはしばらくして別の部屋で明かりがつく。
それが何回か繰り返されました。
何か探しているのだろうかと思いました。
あんな廃墟で真夜中に探し物をするなど明らかにおかしいのですが、その時はそう思ったのです。
私は明かりの正体を見極めようと目をジッと凝らしました。
老眼はあっても目はいい方なのです。

「あっ」と声が出そうになりました。
明かりの中心に、着物を着た首のない女の人が見えた気がしたのです。
急に背筋が寒くなりました。
少し酔ったのもしれない、もう寝よう、と思った時、グラスを取りこぼして割ってしまいました。
その瞬間、対岸の部屋の明かりがグルッと私の部屋に向けられた気がしました。
そして、明かりは消えました。

布団に入ったのですが、先程の対岸の明かりのことが気になってなかなか寝つけませんでした。
グラスを割った音に反応していたような気がして、どうにも薄気味悪い気持ちでした。
もしかしたら、首のない女がこの部屋まで来るのではないか、そんな想像が膨らんで嫌な汗が浮かびました。
その時、窓を開けっ放しだったことを思い出しました。
慌てて起き上がり、窓を閉め、鍵をかけました。
一体、私はいい歳をして何をやってるんだ、そう思った瞬間です。
バン!と大きな音がして、窓が割れそうなほど振動しました。
見ると、着物を着た首のない女がトカゲのように窓に張り付いていました。
「・・私ノ首ハドコ?」
そう聞こえたような気がしました。

気がつくと朝でした。
昨日の恐ろしい出来事は夢だったのだろうか。
そう思って窓を確認して、私は絶句しました。
窓の外に女性の手の跡がはっきり残っていたのです・・・。

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