大観峰の怖い話(熊本県阿蘇郡)

熊本県にある阿蘇山は世界有数のカルデラを持ち、「火の国」熊本のシンボルとなっている。
阿蘇のカルデラを囲む外輪山に、『大観峰』というビュースポットがある。
阿蘇の街並みや阿蘇五岳、くじゅう連峰までが一望できる360度の大パノラマの眺望で阿蘇を代表する景勝地になっている。

これは、Aさんが5歳の時に『大観峰』で体験した怖い話。

Aさんの住まいは福岡市にあり、家族旅行で阿蘇の大観峰を訪れた。
ところが、天気はあいにくの雨模様。
駐車場についた時は、曇り空の下に絶景が見えていたが、しばらくすると、あたり一面霧に包まれて真っ白になってしまった。
がっかりする両親とは裏腹に、Aさんは生まれてはじめて見る霧の景色に心奪われ、おおはしゃぎだった。
Aさんは両親が少し目を離すと勝手に一人でどこかに行ってしまう子だったが、その時も、「待ちなさい」というお母さんの声を背中で聞いて、一人で霧の中を駆け回っていった。
霧はどんどん濃くなっていき、近くに人がいるかどうかもわからなくなってきた。
数歩先の道も見えなくなり、さすがに心細くなったAさんは、「お母さん、お父さん」と呼びかけた。
しかし、2人からの返事はない。
もう声も届かぬほど離れてしまったのか。
もしかしたら、二度と両親のところに帰れないのではないか。
ふいに、そんな不安に襲われAさんは泣きそうになった。
「お母さん!お父さん!」
Aさんの声は霧に吸い込まれただけだった。
駆けても駆けても霧を抜け出せない。
どうしよう、、、。
その時、山風が吹いて、霧が横に流されていった。
次第に視界が開けてくる。
よかった、、、
と、安心した瞬間、急にAさんの服の裾を誰かがぎゅっとつかんできた。
お母さんかお父さんだろうか。
慌ててAさんが振り返ると、霧の中から腕が伸びていた。
ちょうど、腕の持ち主と濃い霧が被さっていて、まるで二の腕から先だけが霧から生えているように見えた。
腕は、力強くAさんの服をつかみ、引っ張りはじめた。
あまりの力の強さにAさんはギョッとした。
本当にお母さんかお父さんなのか、、、
そういえば、2人とも今日は長袖を着ていたのに、この腕は服を着ていない。
しかも、その腕は生きている人間にしては妙に青白く骨張っていた。
Aさんは足を踏ん張って引っ張られないように抵抗したが、徐々に霧の中に引きずられていった。
いやだ、、、そっちにいきたくない、、、
腕を離そうと身体を何度も何度も揺さぶるうち、偶然、着ていた服がすっぽりと脱げた。
脱げた服を勢いよく霧の中に引きずり込まれていった。
その後、すぐに霧は晴れてきたのだけど、腕の持ち主はどこにもいなかった。
霧と一緒に消えてしまったかのように。
Aさんは怖い思いから解放された安心からか、大泣きしてしまった。
泣きじゃくるAさんのもとに両親が駆けつけたのはそれからすぐのことだった。
車からわずか50mも離れていない場所でのできごとだったという。

そんな体験をしたのに、当時子供だったAさんは、恐ろしいことなどなかったかのように、その後の観光を楽しんだ。
ソフトクリームを買ってもらい、ご機嫌で車に戻ると、車のすぐ近くの地面にさきほど脱げたAさんの服が落ちていた。
ところが、戻ってきた服は、鋭い爪で引き裂かれたかのようにボロボロだった。
・・・あのまま霧に引き摺り込まれていたらどうなっていたのか。

Aさんは思い出す度、いまでも恐怖で身が震えるという。

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