釜トンネルの怖い話

 

標高1500mを超えた高さに広がる緑豊かな平原。
長野県有数の景勝地・上高地。
その上高地に行くには、釜トンネルという急勾配のトンネルを抜けなければならない。
環境保全のため通年マイカー規制がかかり、夜間はゲートがしめられる。
文字通り、釜トンネルは上高地の門となっている。

釜トンネルは、昔からいわくつきの場所として知られていた。
今は使用されていない旧釜トンネルを掘る際、朝鮮人労働者が多数亡くなった話や、冬場、上高地で亡くなった人の一時保管場所としてトンネルが使われていたといわれている。

そんな背景もあってか、怪談や幽霊の目撃談はあとをたたない。

これは、知人から聞いた釜トンネルにまつわる怖い話だ。

その知人は、いわゆる廃墟マニアというやつで、休日ともなれば、崩れ落ちそうな民家跡や使われていない隧道などを写真に収めに行っていた。
自慢の一眼レスカメラで撮影した高画質の写真は、ネットで同じ趣味を持つ人の間で評判となっていた。
名前は仮に、山田としておく。

山田は、ある時、今は使われていない旧釜トンネルの撮影に向かった。
といっても、上高地へ続く入口側のゲート前には警備員が立っていて、旧隧道へは入れないようになっている。
旧釜トンネルに行くには上高地側の出口からUターンして、旧道をくだって行くしかない。
急勾配の坂道を下ってしばらくすると、谷に向けて吹き抜けとなったロックシェッドがあらわれる。
ロックシェッドを進むと、途中で鍵がついたフェンスに道を阻まれるのだけど、吹き抜けを利用して、その先に進むことができる。
もちろん見つかれば怒られるくらいでは済まないだろう。
フェンスを越えて、さらにロックシェッドを進んでいくと、旧釜トンネルの上高地側の入り口にようやくたどりつく。
旧釜トンネルの入り口は、鍵がついたゲートで閉鎖されていた。

なんでもかんでも閉鎖すればいいと思って・・・。

廃墟マニアの山田はよくこういうシュチエーションに出くわす。
後一歩というところで先に行けず、苦い思いを味わわされることがたびたびあった。
けど、幸いなことに旧釜トンネルは、フェンスの隙間から中をうかがうことができた。
ここまで来れば撮れ高もあるというものだ。
山田は、カメラを構えて旧釜トンネル内部に向けた。

・・・その時だった。

タッタッタ・・・。

走る足音が聞こえた。

タッタッタッタッタッタ・・・。

聞き間違えではない。
音はトンネルの奥から、こちらに向かっていた。
警備員に見つかってしまったのか?
けど、使っていない隧道をわざわざ見回るだろうか?
・・・明かりもつけず。

タッタッタッタッタッタ。

足音はさっきより速くなっている。
暗闇の向こうから何かがやってくる。
山田は恐怖で金縛りにあったみたいに動けなくなってしまった。
わずかばかりに残っていた気力で、シャッターボタンに指を置いた。
せめて、迫りくるモノの正体をカメラで収めようと思ったのだ。

タッタッタッタッタッタ!

15m程先まで迫っていた。
走る人影がじわりと見え始めた。
陸上選手のように手を大きく振り上げて走ってくる。
一体アレはなんなんだ・・・?

山田がシャッターを切るよりも速く、そいつはゲートまで達した。
山田は恐怖で腰がくだけた。
そいつはゲートを挟んだ向こうから山田を見下ろしていた。
黒い粒子が集まって人の形を作っているみたいだった。
顔に当たる部分には、ギョロギョロとした目玉がついていて、絶えずグリグリと動いていた。
山田はちょっとずつあとずさった。
そいつはゲートから出てこられないらしい。
目玉は山田に向けられていたけど、じっとゲートの前で立ち止まっている。

山田は無我夢中で走って来た道を戻ったという。

「・・・もしかしたら、旧釜トンネルのゲートは、アイツを閉じ込めるために設置されているのかもしれない。そんな風に思いましたね」

山田は私にそう語った。
結局、山田は釜トンネルの写真を一枚も表に出さなかった。

釜トンネルの夜間通行禁止には、何か恐ろしい理由があるのではないか。
山田の話を聞き終えた私は、そんなことを思ったのだった。

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