【怖い話】ダルマの目 #271
選挙速報でよく見かける、ダルマの目入れ。
願掛けをして、ダルマの左目に墨を入れ、願いが叶えば右目に墨を入れる。
ダルマと言えば、願掛けの縁起物だ。
でも、ダルマには違う使い方があるのをご存じだろうか。
私が小学校に上がった頃のことだったと思う。
母の寝室で、手の平に乗るくらいの小さなダルマをたまたま見つけた。
コロコロしていてかわいかったので、私は勝手にダルマを持ち出して自分のぬいぐるみコレクションに加えた。
お人形さん遊びをするうち、ダルマの空いている目がかわいそうに思えてきて、サインペンでダルマの目を塗ってあげた。
すると、それに気がついた母は、すごい剣幕で私を怒り、ダルマを取り上げた。
いつも優しい母がどうしてそこまで怒るのかわからなかった。
母の怒りの理由を聞くことはできなかった。
母は、その日の買い物帰り、歩道橋で足を踏み外し、亡くなってしまったのだ。
私が何かいけないことをしてしまったのではないか、私は不安と心細さから、母の部屋でダルマを探した。
押し入れの奥にダルマはあった。
取り出して私はギョッとした。
ダルマの左目にハサミが刺さっていた。
何度も何度もハサミを突き刺した跡があった。
父にダルマを見せると、「忘れなさい」と言われた。
私は父に言われた通り、忘れようとつとめた。母の死は忌まわしいものとして、記憶の奥深くにしまいこんだ。
大人になってから、たまたま、選挙速報で政治家がダルマに目入れをしているのを見かけて、強烈な違和感に襲われた。
「ダルマって左目に墨を入れるのが後じゃなかったっけ?」
私は2歳になる子供をあやしている主人に聞いた。
「え、逆だろ。願いが叶ったら、右目に墨を入れるんだろ」
違和感の理由は明白だ。あの日、母の部屋で見つけたダルマは右目にはじめから墨が入っていて、左目は白目だった。
「逆だと、どうなるの?」
「さあ・・・」
夫はあまり興味なさそうに首を傾げただけだった。
ダルマの目を逆にするとどうなるのか?
置き去りにした過去は、胸騒ぎとなって私を苦しめた。
ハサミで滅多刺しにされた母のダルマ。
何か私がたどりついていない秘密があるに違いない。
私は近所の神社の宮司さんに尋ねてみることにした。
「一般的なのは願いをかける時が左目で、願いが叶った時に右目です。ですが、地域によっては逆の場合もありますし、間違えてダルマの目を逆にしてしまうことはよくあるので、正しいやり方があるわけではないのだけど・・・」と宮司さんは前置きをしてから教えてくれた。
「故意にやっていたのだとしたら、誰かに呪いをかけていたのかもしれないね」
私は父に真相を聞いてみようと思った。
単刀直入に母の死とダルマの因果関係をたずねると、「いつか聞かれるとは思ってたよ・・・」と父は渋い顔をして重たい口を開いた。
「実は、母さんと父さんは再婚同士でな、お前と母さんは血が繋がってないんだ」
・・・なんとなく腑に落ちた。お母さんと私には共通点がなさすぎるなと思ってた。
「母さんは自分の子供を欲しがってたけど、なかなかできなかった。そのうち、神社にお参りをするようになった。ダルマを買ったのも、はじめは子供を授かるようにという祈願だった。けど、いくら祈っても子供を授からない。やがて、母さんは、血が繋がっていないお前をうとましく思うようになってしまったんじゃないかと思ってる。だから、そんな自分に嫌気がさして・・・」
父は目に涙を浮かべ、言葉を詰まらせた。
父はお母さんが良心の呵責から自殺したのだと思っているようだ。
・・・けど、それは違う。
神社の宮司さんに私は聞いていた。
「ダルマを使って人を呪うのは、とても危ない行為だよ。もし呪いをかけた本人と別の人が白目に墨を入れてしまったら、成就しなかった呪いは本人に返ってくる」
お母さんを殺したのは私だ・・・。
お母さんが私にかけた呪いを、私はそうとは知らず返していたのだ。
ダルマにサインペンで目を書き入れることで。
父に、そのことは伝えなかった。
父は父の理解で過去を乗り越えようとしている。かき回す必要はない。
・・・過去の真相が明らかになった今、私は目下の問題に意識を戻した。
家に帰ると、リビングで、主人と子供が楽しそうに遊んでいた。
・・・やはり、血は繋がっていなくても、母と私は似ているのかもしれない。
いや、もしかしたら、今の状況こそ、母がかけた呪いなのかもしれない・・・。
私はパソコンを起動して、ネットで、ダルマを購入した・・・。