【怖い話】さめない

2021/03/14

気がつくと、公園のベンチに座っていた。
記憶が飛んでいる。
今日は会社の飲み会で、しこたま飲まされたことまでは覚えていたけど、ビールを一気にあおってから記憶がない。
喉に焼けつくような異物感があった。
身体が浮いているようにフワフワして、視界はグラグラ揺れている。
飲みすぎたらしい。
「起きた?」
ベンチの隣に見知らぬ美人が座っていてギョッとした。
心臓が喉から出るかと思った。
なにか言わないとと思うけど、返事につまってしまった。
「起きないから心配しちゃった」
胸元が大きく開いた服を着た謎のお姉さんが、まるで知り合いかのように話しかけてきたけど、誰だか思い当たらず困惑した。
どちら様ですかと聞きたいけど、失礼かなと思ってためらった。
クリッとした目、大きな口、スラッとした足。
女性に話しかけるのすら苦手な俺の知り合いなわけがない。
記憶にはないけど、二次会でそういう店に連れていかれたのだろうか。
思いつくのはそれくらいだ。
けど、つきあいでもキャバクラすら行ったことがない俺が、酔っている時に誘われたからといって、果たしてついていくだろうかという疑問は残った。
女性は微笑みを浮かべて俺を見ている。
怪しくも艶かしい表情だ。
いくらつまらない生活を送っていても俺だって男だ。
こんな美人と夜の公園で2人でいるのは、まんざらでもない気持ちだった。
それにしても、ここはどこだろう・・・。
キョロキョロ辺りを見回していると、
「家、いかないの?」と女性がいった。
「い・・・家?」
「連れてってくれるって言ったじゃん」
「お、俺が?あ、あなたに?」
すると、女性はふてくされたように頬を膨らませた。
「えー、冗談だったの?」
「いや・・・、冗談じゃないよ、もちろん」
つい口が滑る。
「じゃ、いこ。すぐ近くなんでしょ?」
女性は俺に腕を絡ませて、立ち上がらせた。
いこうと言われてもここがどこかすらわからない。
改めて辺りを眺めた。
四隅を住宅街に囲まれた小さな公園。
錆びが浮いた遊具に、お情け程度の砂場。
よく見たら、暗くてよくわからなかっただけで、見覚えのある公園だった。
俺のマンションは、ここから歩いて10分くらいのところにある。すぐ近所だ。
俺は、本当にこの女性といい感じになって自宅に連れて行こうとしていたらしい。
いくら記憶をたどってみても、女性とのやりとりが何一つ思い出せない。
名前も顔も出てこない。
聞けば早いのだろうけど、ちんけなプライドなのか、酔った勢いだと認めてしまったらいけない気がした。
女性は俺がエスコートするのを待っている。
自分の家の場所はさすがに覚えている。
グラグラする視界の中、一歩一歩地面をつかむように歩き出した。
夜風が冷たくて気持ちいい。
少しクリアになった頭で考えたら、やはりおかしい気がした。
例えお酒で理性を失っても、その日出会った女性を家に誘うような無分別なことを自分がしたというのが信じられなかったし、自分みたいなさえない男にこんな美人がほいほいついてくるとも思えない。
もしや、これが流行りのハニートラップなのか。
家についたら、強面の男が押し込んできて、有り金を巻き上げられる。
そんな想像が膨らみゾッとした。
女性は、口笛でも吹き出しそうな感じに、少し開いた唇を突き出して前を向いている。
控えめに見ても美人だ。
考えれば考えるほどおかしい気がした。
けれど、こんな美人といい感じになるなんて、今後の人生で一度もないかもしれない。
理性と煩悩が頭の中で戦った。
勝ったのは、理性の方だった。
所詮、俺は意気地のない人間だった。
「やっぱり今日はちょっと・・・」
そういうと、女性は露骨に不機嫌な顔をした。
「えー、約束と違う」
「すみません。でも、こういうのはよくないと思うから」
絡めていた腕を外そうとするが、全然外れなかった。思い切り力を入れても、関節技をきめられているかのように腕をロックされている。
どれだけ力が強いのだ。
「約束したよね」
「すみません、実は、酔っててよく覚えてなくて」
焦って半ばパニックになって正直に言ってしまった。
「約束、したよね」
整った顔から発されたとは思えない、地の底に響くような低い声だった。
街灯の光が女性の顔に影を作っているせいで表情が見えないけど、相当怒っているに違いない。
身体をねじって、腕を抜くと、ようやく女性の腕が外れた。
「すみません、帰ります」
そう言い残し、俺は小走りで家に向かった。
夜道に女性を残す罪悪感から、角を曲がる前に後ろを振り返ると、すでに女性の姿はなかった。
見込み違いとわかると、見切るのは早かったようだ。
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
けど、なぜかは説明できないけど、直感的にあの女性にこれ以上関わったらいけない気がした。

部屋について明かりをつけると、ようやくひと心地ついた。
頭はまだ割れそうに痛いし、喉もヒリヒリする。
水をいっぱい飲んで、喉を冷やしたけど、まるで効果はなかった。
振り返っても、自分の半生では縁がなかった美人だった。
もしあのまま家まで連れてきていたら今頃。
下世話な想像が浮かんだけど、これでよかったのだと思った。自分らしくない行動は控えるべきな気がした。
ふとダイニングテーブルを見ると、奇妙な光景が広がっていた。
コンビニやスーパーのビニール袋が何枚も重ねて置いてあった。
ゴミ捨て用にもらうようにしているのだけど、自分で並べた覚えはないし、覚えていないだけで自分が並べたとしたも理由がさっぱりわからなかった。
その時、ゴン!と窓ガラスが鳴った。
何か硬いものが叩きつけられるような音。
不思議に思ってカーテンを開け、腰を抜かしそうになった。
さっき別れたはずの女性が窓の向こうのベランダに立っていた。
窓ガラスの向こうから俺を睨みつけている。
俺の部屋は6階だ。
玄関を使わずに、ベランダにあがるのは不可能だ。
ありえない・・・。
女性は、ガラスが見えていないかのように前に進み、文字通り窓ガラスを通り抜けて部屋の中に侵入してきた。
幽霊・・・。
やっぱり普通の女性なんかじゃなかった。
酔って墓地にでも迷いこんで連れてきてしまったのか。
放心するしかなかった。
何も考えられない。
「約束、したよね」
女性が俺を捕まえようと手を伸ばしてくる。
俺は死ぬんだ、ただそう思った。

気がつくと、朝だった。
酩酊感はまだ残っており、頭は痛いし、喉も焼けている。
完全に二日酔いだ。
女性は消えていた。
昨夜見たものは、酔ったせいで見た幻だったのか。
時間を確認すると、始業時間をとっくに過ぎていた。
昨日の飲み会で何があったかも確認しなければならない。
俺は、慌ててスマホを取り、上司のKさんに電話を入れた。
電話はすぐに繋がった。
「はい」
と不機嫌そうなKさんの声が聞こえた。
「あ、Kさん。Dです」
「は?」
「すいません、昨日、飲みすぎたみたいで調子が悪くて」
「誰だお前?」
「え?・・・いや、Dですよ」
「ふざけてんの?」
「いえ、ふざけてなんか。連絡遅くなって申し訳ありません。昨日のことよく覚えていないんです、なにがあったのか教えていただけたら嬉しいです」
すると、Kさんは黙ってしまった。
しばらくして、電話の向こうでヒソヒソ話をするくぐもった声がかすかに聞こえてきた。
「Dって名乗るやつから電話」
「え、DってあのD?」
「あぁ」
「けど、Dって何年も前に酒に酔って、、、いたずら?」
「たぶん」
「気味悪いな」
いきなりブチッと電話は切られてしまった。
漏れ聞こえてきた会話の断片から推測するに、昨日、飲み会があったという俺の記憶は間違っているのかもしれない。
何も思い出せない。
どういうことなんだ。
Dって何年も前に酒に酔って、、、
電話越しに聞こえた発言はどういう意味なんだ。
考えると、頭が割れそうだった。
喉は焼けて空気がうまく吸えない。
ダイニングテーブルに目を向けて、俺を固まった。
昨夜の女性が立っていた。
ダイニングテーブルに重ねて置いてあったビニールの袋を、一枚一枚細く伸ばして、片結びで数珠繋ぎに結んでいる。
俺はただ女性が作業する様を見ていた。
女性も黙々と作業を続ける。
やがて、ビニール袋の輪が作られていた。
「はい、どうぞ」
女性が微笑みを浮かべて、ビニールの輪を渡してきた。
Dって何年も前に酒に酔って、、、
・・・あぁ、そうだ。
思い出した。
割れそうに痛い頭も、焼けつくような喉の痛みも、酒のせいなどではなかった。
俺は、あの日、酔っ払って衝動的に、ビニール袋で輪を作り、ドアノブに引っ掛けて・・・。
女性から渡されたビニールの輪を首にかけ、ドアノブにくぐらせた。これで体重をかければ・・・。
この酩酊状態は終わらない。
永遠に・・・。
女性が頬杖をついてニコニコと笑っている。
死んだら、こんな美人も家についてきてくれるものなんだな、、、

・・・気がつくと、公園のベンチに座っていた。
記憶が飛んでいる。
今日は会社の飲み会で、しこたま飲まされたことまでは覚えていたけど、ビールを一気にあおってから記憶がない。
喉に焼けつくような異物感があった。
身体が浮いているようにフワフワして、視界はグラグラ揺れている。
飲みすぎたらしい。
「起きた?」
ベンチの隣に見知らぬ美人が座っていてギョッとした・・・。

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