第131話「学校の七不思議①」

2017/10/20

 

僕の通っている小学校には「少女像」という銅像がある。手を組んで空に向かって祈るポーズをしているのだけど、この「少女像」には色々と怖い噂があった。
目が動くとか、泣き声が聞こえるとか、深夜になると動き出すとか、そういったよくある学校の七不思議の1つとなっていた。

ある時、僕とクラスメートの男子数人で噂が本当なのか確かめようという話になった。ちょっとしたひまつぶしの遊びだった。

夜、家を抜け出して学校前に集合した。
校門を乗り越えて、「少女像」が設置されている校長室の前にみんなで向かった。
歩きながら、秀才のC君がいった。
「あの少女像は慰霊碑なんだって」
「イレイヒってなに?」
明るいだけが取り柄のB君がたずねた。
「大きな事故があったり誰かが亡くなったりした時に、魂が安らかに眠れるよう像を立てるんだ。それが慰霊碑」
C君が解説する。
「そういえば、父さんが昔通ってた時の同級生に、ある日、急に行方がわからなくなった女の子がいるって聞いたことある」
僕は言った。
「その子、どうなったの?」
身体はでかいけど臆病なA君が言った。
「見つからずじまいだって」
「その女の子の慰霊碑かもしれないね」
C君がまとめた。
ちょうど、少女像の前に到着した。
真っ暗な中で見ると、本物の女の子のように見える。今にも動き出しそうで、足がすくんだ。
「さあ、噂を一つ一つ確かめてこうよ」
B君が明るくいった。全然、恐くないのだろうか。だけど、その能天気な明るさは助けられた。
「その1。女の子の泣き声が聞こえる。みんなシッ!」
みんなで一斉に耳をすませた。耳が痛いほどの静寂。遠くの方から、車が走る音が微かに聞こえた。
「何か聞こえた?」
「何も・・・」
「噂はデタラメと。じゃあ次。少女像が動き出す」
「見るからに、動いていないね」
「じゃあ最後。少女像の目が動く」
「台座に上って近づかないとここからじゃ目が動いているか見えないよ」
C君がもっともなことを言った。
「じゃあ、誰が見に行くかジャンケンで決めようか」
明るく取り仕切っていたB君が自分で行くのかと思いきや、まさかのジャンケンで決めることになった。
よく見ると、グーの形を作ったB君の手はカタカタ震えていた。無理して明るくしていたのだ。みんな本当は恐くて帰りたいけど、帰ろうと言い出せないだけだった。
ジャンケンは僕の負けだった。
「・・・じゃあ行くよ」
嫌で仕方がなかったけど、意気地なしと言われたくなくて、僕は確かめる役目を引き受けた。
腰の高さほどの台座に手をかけ、身体を持ち上げる。少女像の顔が目の前に現れた。頰が触れるくらいの距離感だ。バランスが悪いので少女像の祈っている手をつかんで落ちないようにした。
像の目をじっと見つめた。少女は眉を下げ、苦しそうな表情で空を見上げている。眼球は上を向いている。
「どう?」
B君が言った。
「いや、何も・・・」
そう答えた時だった。
少女像の眼球が下がってきているように見えた。・・・見間違いだろうか?
いや、違う。半分は瞼に隠れていた眼球が今やくっきりと丸い形になって、僕の目とばっちり合っていた。そして、少女像の目にははっきりと浮かんでいた。憎しみが。
「こら!お前たち何してる!」
突然、懐中電灯を向けられ、驚いた拍子に僕は台座から転げ落ちた。下にいたA君がキャッチしてくれなかったら頭から落ちていただろう。
懐中電灯を持っていたのは、校長先生だった。カンカンに怒っていた。
「こんな時間に何をやってるんだ!全員校長室に来なさい」
みんな形だけ謝って、校長先生に連れていかれた。
僕は、少女像を振り返った。離れてしまってもはやわからないけれど、確かに少女像の目が動いた気がした・・・。
痛っ・・・。手に鈍い痛みを感じた。
さっき台座から転げ落ちた時、何かがぽきっと折れたような感覚があったけど、僕は手の中に少女像の欠片を握りこんでいた。バランスを取るために掴んでいた部分を折ってしまったらしい。
どうしよう・・・。こんなのが見つかったらさらに怒られるに決まっている。
そう思って、まじまじと像の欠片を見た僕は恐ろしいモノを目にした。
少女像の欠片から、白い突起物がはみ出していた。
人間の指の骨・・・。
パズルのピースがカチッとハマった気がした。
行方不明になった少女。慰霊碑として建てられた銅像。その中から出てきた人間の骨。
でも、一体誰が・・・?
「それは何だね?」
いつの間にか校長先生が僕の目の前に立っていた。
校長先生はギロリと僕を睨むように見下ろしていた。
正確には僕の手の平に乗った像の欠片を。
「壊したのか?」
「違います・・・」
僕は否定するしかなかった。僕は理解した。校長先生が少女を殺して遺体を銅像の中に隠したのだ。銅像を校長室の前に置いて、ずっと見張っていたのだ。誰にも発見されないように。僕は、それを何とかみんなに伝えたかった。
「君だけ残りなさい。他の者はさっさと家に帰りなさい」
校長先生は、僕たちを分断して、僕だけの口を封じることに決めたらしい。
僕は目でみんなに助けを求めた。
けれど、みんな、自分達だけ無罪放免になったことを喜んでいるのが明らかで、僕の窮地になど誰も気づいていなかった。
「ほら、さっさと帰らないか」
みんな一応、僕にすまなさそうな顔をしながら、逃げるように走っていった。
「まったく面倒なことをしてくれたな」
校長先生はみんなが見えなくなると、僕に向かって、ため息をつきながら言った。
絶体絶命だ。明日には僕の銅像が少女像の横に立つのだろうか。
そう思った時だった。
グス、グス、グス・・・。
女の子がしゃくり上げるような声がした。
「誰だ!?まだいるのか?」
校長先生は声の方に懐中電灯を向けた。
女の子が顔を手で覆って泣いていた。
いや・・・それは女の子ではなかった。
茶褐色にところどころ青錆がついた身体。
それは少女像だった。動く少女像の噂は本当だったのだ。

キィィィィィィ

少女像は奇声を上げながら校長先生に向かって走ってきた。
「うわぁぁぁ」
校長先生は、無我夢中で懐中電灯を振り回した。
その一撃が少女像に当たって、像は粉々に砕けた。
砕けた像の中には、人間の白骨化した遺体がまるまる入っていた。
校長先生は取り乱して頭を抱えてその場で震えていた。
「すまなかった、すまなかった!」

駆けつけた警察によって校長先生は逮捕された。
後でわかったことだけれど、校長先生は、その昔、イタズラ目的で学校の女子生徒に声をかけ、抵抗されたので弾みで殺害してしまったらしい。遺体は、しばらく学校の裏手にある雑木林の中に埋められていた。けれど、いつ発見されるかわからない。だから、自ら少女が見つかるよう祈ろうと理由をこじつけて少女像を建てる決定を下し、その像の中に遺体を隠したのだった。

慰霊碑は新しく建て直されることになった。
これでようやく犠牲者の少女の魂も安らかに眠れるだろうと思われた。
・・・だけど、今でも少女像にまつわる恐ろしい噂は出回っている。
夜になると、少女像が動き出し、追いかけてくるのだという。

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