第23話「心霊写真」
2016/08/31
僕が雑誌記者になって5年目に起きた恐怖体験について書こうと思う。
その年の6月、僕は「真夏の心霊写真特集」という企画を一人でまかされることになった。
連日、読者から投稿されてきた500通以上の心霊写真の中から選りすぐりの怖い写真を選ぶ作業が続いていた。
ダンボール箱一杯の封筒を開けて写真と説明文を確認し、採用か非採用かに分けるだけの単純な作業なのだが、これがかなりのハードワークだった。
送られてきた心霊写真は様々だったが、被写体の身体の一部がなかったり、人の顔のような靄が映り込んでいたり、画面一杯にオーブが映っていたりとある程度のパターンがあった。
画像処理技術が格段に発達したせいで、送られてきた写真の半分は、人の手で加工したとわかる偽の心霊写真だった。
画像処理の専門家のもとで勉強したおかげで、僕自身もだいぶ偽物の心霊写真を見分けられるようになっていた。
僕は、オカルトや心霊現象をあまり信じていなかったので、加工されていない写真の中から素人目に見て怖い写真を選ぼうと思っていた。
カレンダーを見ると今日は6月5日だった。
10日が締め切りなのだが、いかんせん量が多いのでなかなか作業ははかどっていなかった。
適当に選んで済ませてしまえばいいのだろうが、応募してきた読者の気持ちを考えると、全てに目を通さないと悪い気がしてしまう。
自分の生真面目な性格を呪うしかなかった。
その日に確認していた写真は、偽の心霊写真ばかりで、かなりうんざりしてきていた。
そろそろ休憩をしようと思って、次の封筒を開けた。
中の応募写真を取り出す。
たいていの応募者は、どこに何が映り込んでいるかと、その写真がどれだけ恐ろしい代物なのかを過剰に説明した手紙を添付してくるものなのだが、今回の封筒には写真だけが入っていた。
珍しいなと思いながら、写真を確認してみて、僕は思わず「ん?」と声に出してしまった。
どこが心霊写真なんだろう・・・?
学校の校門前に立つ30代くらいの女性を映したありふれた写真だったのだが、何かおかしなものが映り込んでいるわけでもなく、女性の身体が透けたり消えたりしているわけでもない。
被写体の女性は、困惑したような固い表情をしているが、明らかに不自然なところがあるわけではなかった。
僕はルーペを使って、写真を隅から隅まで調べてみた。だが、やはり、どこが心霊写真なのか皆目わからない。
冷やかしのつもりで何ともない写真を応募してきただけなのだろうか。
被写体の女性は、化粧っ気がなく真面目そうな性格の持ち主に見えた。
仮に、この人が投稿者だとしたら、こんなイタズラをしてくるタイプにはとてもじゃないが見えなかった。
本当ならすぐに不採用にするべきなのだろうが、なぜだか、その写真には僕の心に引っかかるものがあった。
その時、ちょうど先輩社員がオフィスに戻ってきて声をかけられた。
「おい、小柳。頼んどいた資料できたか?」
「資料?何のですか?」
「この前、頼んだだろう」
「頼まれてないっすけど」
「・・・はあ?頼んだろ。まあ、いいや。自分でやるから。今度、奢れよ」
この先輩はいつもこの調子なのだ。仕事はできるのだが、性格には難がある。
何かと理由をつけては後輩の僕にお金を使わせようとしてくる。
だから、こちらも遠慮なく頼み事をしてやるのだが。
「先輩。この写真ちょっと見てくださいよ」
僕は、例の心霊写真を先輩に見せた。
「どこが心霊写真かわかりますか?」
「ああ、例の特集のヤツか」そう言って、先輩はしばらく心霊写真を眺めて、僕に返した。
「なんだ、何も映ってねえじゃねえか」
「やっぱり、そうですよね」
「手紙とか入ってなかったのか?」
「ないんですよ」
「案外、こういうのが本当にヤバい写真だったりするんだよな」
先輩も数年前に同じ企画を担当したことがあり、その時に、霊能者でも関わりたがらないかなり危険な写真が紛れ込んでいて、社内で奇妙な現象が多発し大掛かりなお祓いをして写真を供養してもらったという話は有名だった。
先輩が自席に戻るのを見送りながら、僕は決心をしていた。
この写真が撮られたいきさつを追ってみようと。
だが、手がかりが少なかった。まず、封筒に差出人の名前がないので送り主がわからない。
写真からもたいした情報は得られなかった。
女性が門柱の前に立ってしまっているので、学校名がまるで見えない。
唯一の手がかりは、郵便局の消印だけだった。
消印は、多摩にある郵便局のもので、押した日付は6月1日となっていた。
翌日、僕は、さっそく消印が押された郵便局に向かった。この場所を起点にして、写真を手がかりに撮影場所を特定しようと思っていた。
といっても、郵便局の管轄区域はかなり広い。
その上、撮影場所はまったく別の場所でたまたま送り主がこの地域のポストに投函しただけだった場合は、この追跡はまったくの徒労に終わる。
締切間近の1日を無駄にしてしまうかもしれない賭けだったが、僕の生真面目な性格が「この写真を追え」と言っていた。
僕は地図を広げた。郵便局の管轄区域にある学校は全部で7つ。この中に当たりがあるといいのだが。
駅前のレンタルサイクル店で自転車を借りて、写真と見比べながら学校を1校ずつ潰していった。
自転車で街を駆け抜けるのは、なかなか気持ちよかった。
そして、4校目にして、写真の学校が特定できた。
とある私立高校だった。
僕は自転車を置いて、送られてきた写真と同じアングルでデジカメを構えてみた。
ファインダーの中の画像を確認して、撮影場所はここに間違いないと確信した。
後は学校関係者に聞き込みをして、この写真の人物を割り出そう。
そう思った矢先だった。
教師と思われる女性が校舎の方からこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
咄嗟に「あの!」と声をかけずにはいられなかった。
その女性は、まさに、例の心霊写真に映っていた被写体の女性に違いなかった。
女性は、不思議そうな顔つきだったが、「なんでしょうか」と丁寧に応じてくれた。
私は名刺を渡し、「この写真に映っているのはあなたですよね」と尋ねた。
「そのようですが・・・」と言った女性の表情は曇っていた。
だけど、こんな写真を撮った覚えはないという・・・。
そんなはずはないという僕と絶対に撮っていないという女性との押し問答がしばらく続いた。
女性が嘘を言っているようには見えない。
だが、この写真が編集部に応募されてきたのは事実だ。
一体、どういうことなのか。僕は頭が混乱してきた。
女性は、怪訝そうな顔で僕を見ている。職業柄、怪しい人物に対する警戒心が強いのだろう。
「わかりました。ちょっとそこに立ってみてください」僕は、女性に、写真と同じ立ち位置に立ってもらった。
デジカメを構えてシャッターを切る。
撮影した画像を見た僕は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
まったく同じだった・・・。
光の加減や、風でなびいた女性の髪、背後のグランドに映っている生徒の立ち位置まで応募されてきた写真と寸分違わず同じだったのだ。
あの心霊写真を撮ったのは僕だった・・・!?
僕は喉から絞り出すように言った。
「今日は何日ですか?」
「・・・6月1日ですが」
それきり黙って硬直している僕に女性は不審そうな眼差しを向けると「忙しいので私はこれで」と告げ校内に戻っていった。
不審者として警察に通報されるかもしれないが、今はそんなことに頭が回らなかった。
僕はスマホを取り出して日付を確認した。たしかに6月1日になっていた。
今日は6月6日のはずなのに・・・。
僕は、自分でも気が付かないうちに、6月6日から6月1日に迷い込んでしまっていた。
タイムスリップしたとでもいうのだろうか。
何が何だかわからなかった。
僕は、コンビニで、さっきデジカメで撮った画像をプリントアウトした。
もう一度、2枚の写真を比べてみようとポケットに手を入れると、送られてきた心霊写真がない。
たしかにポケットにしまっていたはずなのに写真は忽然と消えていた。
僕は、何かに突き動かされるように、自分の会社の雑誌を購入すると、誌面に添付されている心霊写真応募用の宛先欄を切り抜き封筒に糊付けした。
そして、プリントアウトした写真を封筒の中に入れ、ポストに投函した。
例心霊写真を投稿してきたのは、6月1日のこの僕に間違いなかった。
僕は、その足で会社に戻った。オフィスの入り口からソッと中をうかがう。
そこには、心霊写真をデスクで選別しているもう一人の僕の姿があった。
ドッペルゲンガー・・・。
自分と同じ人間に会ってしまった人間は、近いうちに死を思い出した。
同じ時刻に同じ人間が同時に存在するという矛盾が自分自身の身に起きていた。
その時、先輩がたまたま廊下を通りかかった。
「小柳。今度の企画会議に、携帯電話会社の比較記事の第2弾出そうと思ってんだ。前、お前と一緒に担当したヤツ。だから、前回の資料用意しといてくれ。来週までに頼むな」
先輩はそう告げると忙しそうにエレベーターに向かって行った。
先輩は、たしかに、僕に資料の用意を頼んでいた。
そのことを、なんとかして、もう一人の僕に教えてやりたかったが、何が起きるのか想像すると恐ろしくて、もう一人の自分に声をかけることはできなかった。
僕は踵を返して会社を後にした。
僕は、6月5日までビジネスホテルに泊まってすごした。
いつどこで、もう一人の自分と遭遇するかわからない。
そんな恐怖感から、自宅には近づけなかった。
僕は悶々とするばかりで食事も全てホテルのルームサービスで済ませ、部屋から一歩も出なかった。
6月6日。僕は、少し遅れて出社した。デスクにもう一人の僕の姿はない。
この時間は、心霊写真の出どころを求めて、学校巡りをしているはずだ。
僕は、壁のホワイトボード上で「取材」になっている自分のネームプレートを「内勤」にずらすと、自分の席についた。
これで、僕ともう一人の僕は顔を合わせることなく、何事もなかったかのように、再び入れ替わったことになる。
現実が現実でなくなったような、なんとも言えない気持ちだった・・・。
そこへ先輩がやってきた。
「おい、小柳。例の心霊写真、結局、どうするんだ?」
「・・・あれは、使わないことにしました」
先輩は少し怪訝そうだったが、「今度ちゃんと奢れよ」と言い残して去って行った。
これが、僕が体験した「心霊写真」にまつわる奇妙な話だ。
今でも、自分の身に何が起きたのか、はっきりと説明はできそうにない。