第22話「運命ゲーム」

2016/08/31

その日、僕たちは、トクナガのアパートで飲み会を催すことにした。
メンバーは僕、トクナガ、ハツミ、カガの4人。全員医学部の3年生だ。
酔いが少し回った頃、トクナガが「みんなでやろう」と言ってボードゲームを持ち出してきた。
リサイクルショップで偶然見つけたものだという。
箱にはポップな字体で「運命ゲーム」と印刷されていた。

一人の人間の一生をすごろくで歩む人生ゲームの亜種のようなものらしく、人生ゲームと同じくプレイヤーはルーレットを回してマスを進みゴールを目指すのだが、各マスには「大金を手に入れる」などのイベントが書いてあるわけではなく年齢が書いてあるだけだった。
ルーレットの数に応じてマスを進んだ後、プレイヤーは、シャッフルされた「運命カード」の中から一枚だけ引く。
そのカードに書かれていることが、そのマスがあらわす年齢で起きる「運命」ということらしい。

死を迎えたらゲームオーバーらしいのだが、説明書をザッと読んだ限りでは、特に勝ち負けに関するルールは載っていなかった。
マスは全部で120。うまくいけば120歳まで生きられるようだ。
とりあえず最後まで生き残ったヤツの勝ちということでゲームを開始した。

一番手はカガだった。ルーレットを回す。7のところでバーが停止した。
カガは、プレイヤーを表すプラスチック人形を7マス動かし、「運命カード」を一枚引いた。
カードを見たカガの表情が一瞬、曇った。
「内容はなんだった?」僕たちはカガにカードを見せるよう促した。
カガが止まったのは7歳のマスだ。つまり、7歳で起きるイベントがカードに書かれていることになる。
カガはカードをテーブルに置いた。「両親が離婚。3日3晩泣く」。
微妙な空気が流れた。たしか、実際、カガの両親はカガが小さい頃に離婚していると聞いたことがある。
年齢まで同じなのかわからないが、嫌な偶然だった。
「ぐうぜん、ぐうぜん」当事者のカガが笑い飛ばしたことで場の空気が多少和んだ。
それにしても、お金が手に入ったり減ったりするわけでもなく、単に「運命」だけが書いてあるなんて、ゲームとしてお粗末なのではないかと僕は思った。

そんなことを考えているうちに、2番手のハツミがルーレットを回していた。
バーは5で止まった。カードを引いたハツミは文字通り言葉を失った。
「飼い犬が毒殺される。犯人は近所の人間」。
またも、ハツミの人生で実際に起きたことだった。
この偶然は一体、どういうことなのか、僕が考えていると、ハツミがトクナガに食ってかかった。
「トクナガ。このイタズラは、タチが悪すぎるぞ」
ハツミは、トクナガがイタズラとして僕たちの人生で実際に起きたイベントをもとにボードゲームを作成したと思っているらしかった。
「俺は何も知らない。偶然だろ。だいたい、誰がどの順番になるかわからないし、どのマスに止まるか俺に操作できたとでも思うのか」
トクナガの言い分はもっともだった。
みんなが僕の顔を見た。3番手である僕の結果を見ようというみんなの気持ちが伝わった。
僕は、ルーレットを回した。バーは、6で停止した。
コマをスタートから6マス進める。
僕は、唾をのみ込んで、「運命カード」を一枚引き、カードをめくった。
「自転車で転倒。10針縫う」
僕はカードを持つ手が震えた。
みんなにも見えるようカードをテーブルに置いた後、僕は前髪をかき上げて額を見せた。
額には、今も薄らとその時の怪我の跡が残っている。
しかし、この事故のことは、3人の誰にも話していなかった。
だから、トクナガがイタズラでこのカードを用意できるわけがない。

僕たちは言葉を失った。このゲームは、何なんだ・・・。
トクナガがふいに残りの「運命カード」を全部裏返した。
全て、何も書かれていないまっさらなカードだった。
・・・プレイヤーがカードを引いた後に、文字が浮かんでいる?
「馬鹿馬鹿しい。変なゲーム買ってくるなよ」カガは自分のコマを手で薙ぎ払うと、急に立ち上がった。
「やめた。俺、帰るわ」止めるまもなく、カガはアパートを飛び出していった。
「おい、カガ、待てよ!」僕たちが後を追おうとした、その時だった。
表から悲鳴が上がった。
カガがアパートの階段の下に倒れていた。階段で足をすべらせたらしい。
手足がおかしな方角に曲がっている。上から見ても、死んでいるのがわかった。
「・・・カガ!」僕が駆け付けようとすると、ハツミが僕の腕を掴んで止めた。
「やめとけ。お前もカガと同じになるぞ」
「どういう意味だよ」僕はハツミを問い詰めた。
ハツミは説明書のルール書きを僕に見せた。

・プレイの途中での棄権は、プレイヤーの死亡を意味する。
・プレイヤーの持ち時間は3分。前のプレイヤーがルーレットを回してから3分以内にルーレットを回さなかった時は、次のプレイヤーはゲームオーバーとなる。

「俺達はもうゲームから降りられない。最後までやらないといけないんだ」
僕たちは部屋に戻った。僕もハツミもトクナガも、このゲームが持つ恐ろしい力をはっきりと信じていた。
トクナガがルーレットを回した。11歳のマスに止まった。
カードを一枚引く。「雑誌の懸賞で、ハワイ旅行を当てる。家族で旅行に行く」と書かれていた。
トクナガが、「事実だ」と言う代わりに、小さくうなずいた。

2巡目。ハツミは15歳のマスに止まった。
「高校受験に失敗。自殺を考える」ハツミがカードを投げ捨てた。
「ふざけやがって!」ハツミがふいにトクナガの胸倉をつかんだ。
「なんで、こんなゲーム買ったんだ!あ!?」ハツミがツバをまき散らしながらトクナガに迫った。
「やめろよ!」僕は二人の間に割って入った。
「・・・悪かった」トクナガはうなだれるだけだった。
「とにかく、このゲームを終わらせることに集中しよう!3分以内にルーレットを回さないと次は僕が死ぬんだぞ」僕は、絞り出すように言った。
ハツミは、トクナガを解放し、憮然とした様子で座り込んだ。
僕は、ルーレットを回した。次に止まったのは10歳のマスだった。10歳の頃の記憶を振り返ったが、何も不幸な出来事は思い浮かばなかった。
「運命カード」を引き、めくった。
「学校でウンチを漏らす。初恋相手に笑われる」
・・・なんて嫌なゲームだ。僕自身が忘れていていた恥ずかしい記憶を思い出させるとは。
ハツミとトクナガは僕の恥ずかしい秘密を知って笑うのをこらえているようだった。
場が少しだけ和んだのが不幸中の幸いだった。

3巡目4巡目もことごとく実際に僕たちの人生で起きた出来事がカードに書かれていた。

問題は、続く5巡目だった。
そろそろ、マスの年齢が僕たちの今の年齢を超えようとしている。
つまり、次から引く「運命カード」は未来の出来事を予言しているということになる。
そうに違いないと3人の意見は一致していた。
ハツミが25歳のマスに止まった。
カードを引く。ハツミの目が驚きに見開かれた。
「宝くじで1等を当てる。3億円を手に入れる」
ハツミは手を叩いて立ち上がり歓喜した。
「見たか!おい、見たか!」すっかりこのゲームの恐ろしさを忘れて興奮しているハツミを見て、僕とトクナガは苦笑いするしかなかった。

次に24歳のマスで僕が引いたカードは、「恋人に浮気される」だった。
思わず安堵の溜息を漏らしてしまったが、よく考えれば、全然、いい話じゃない。
僕は、喜んでいるハツミを恨めしそうに見た。

続くトクナガが29歳のマスで引いたカードに書かれていたのは、「先輩のオペのミスの連帯責任で勤めていた病院を解雇される」だった。
トクナガは無言でカードを見つめるだけだった。

興奮さめやらぬハツミが6巡目のルーレットを回した。33歳。引いたカードを見てハツミの顔から血の気が引いたのがはっきりわかった。
ハツミの手からカードがポロリと落ちた。
「投資に失敗した損失を埋めるため大学病院の金を着服するが発覚。自暴自棄になって自殺する。ゲームオーバー」
今度はトクナガが歓喜する番だった。
「ざまあみろ!いい気味だ!自分だけ幸せになれると思ったら大間違いなんだよ」トクナガは、ハツミの周りをグルグル回りながら囃し立てた。
だが、ハツミは無反応だった。ハツミの目には生気がなく、すでに抜け殻となっていた。
それもそうだろう。幸せの絶頂から一転。自分の無残な死に様を、こんなに早くゲームの中で知ってしまったのだから。
友人たちの、こんな姿を見たくなかった。僕は、このゲームが憎くて仕方なかった。

僕たちの「運命ゲーム」が終わったのは明け方の6時を過ぎた頃だった。
結局、トクナガは53歳の時に肺癌で死を迎え、ゲームオーバーとなった。
トクナガは人生の荒波を乗り越えながら40歳で開業医となった。その後は、順調な人生のようだった。
一方、僕は、95歳での大往生だった。家族に見守られながら死を迎えられるようで、それは幸いだった。
僕の人生にも、いくつかの大きな浮き沈みがあったが、総じて、ありふれた一人の医者の人生といえた。
ハツミは、人生を上書きしようとするかのように、一人だけでもう一度ゲームを始めたが、結果は1回目とまったく同じだった。

・・・僕たち3人に残ったのは、むなしさだけだった。
つい昨日まで将来の希望に満ちていた大学生だったのに、これからは、先の知れた人生を消化していくだけなのだから。
帰り道、秋晴れの空が、曇って見えて仕方なかった。

 

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