第24話「ピンポンダッシュ」

2016/08/31

僕が小学校4年生の時に流行った都市伝説の話をします。

ピンポンダッシュってしたことありますか?
通りかかった家のインターフォンを押して、家の人が出てくる前に逃げる子供達の遊びです。
表に誰もいないことに戸惑っている人を見る楽しさと、見つからないように逃げるスリルが醍醐味です。

僕の通っていた小学校でも一時期、そのピンポンダッシュが流行ったことがありました。
もちろんいけないことなのですが、そこは子供です。
いけないことをする方が格好いいというおかしな勘違いが学校中に蔓延していました。
僕もクラスメイトと毎日のように通学路の家にピンポンダッシュを仕掛けていました。
やがて、担任の先生から「ピンポンダッシュ禁止」のお触れが出ると、僕たちはますます調子づいていきました。

僕たちには競争心がありました。
誰かがインターフォン連続3回押しに成功したと言えば、別の誰かがインターフォンを押した後20秒以上待ったという具合に、ピンポンダッシュの内容はどんどん過激になっていき、ありきたりなやり方では認めてもらえなくなりました。
とはいえ、子供の流行り廃りの変化は早いものです。
2、3ヶ月もするとみんなピンポンダッシュに飽き始めました。

奇妙な噂が流行り出したのは、その頃だったと思います。

〝連続10回インターフォンを押すと、その家に住んでいる幽霊が返事をする。″

そんな都市伝説が学校中で流行り始めました。噂の出どころが何だったのかはわかりません。
推測するなら、これ以上過激になりようがないピンポンダッシュが、そういった怪談話に居場所を求めたということなのではないかと今では思っています。
実際にインターフォン10回連続押しをやってみたと主張する子は何人もいました。
ある子は本当に声が聞こえたといいました。別の子は、何も起きなかったといいました。
実際にやったかどうかは誰にも確かめようがありません。所詮は噂話です。

クラスメイトのO君は、ピンポンダッシュでも常に先頭を切ろうとする、いわゆる目立ちたがり屋でした。
そんなO君ですから、都市伝説を確かめないなんてプライドに関わる話です。
ある日の学校帰りのこと。僕とO君ともう一人のU君とで、都市伝説を確かめてみようということになりました。
赤の他人の家で10回連続インターフォンを押すのは危険だとO君が言ったので、3人のうちの誰かの家にしようという話に決まりました。
ジャンケンの結果、U君の家でやることになりました。

U君はマンション暮らしでした。U君のお母さんもお父さんも働きに出ているので家には誰もいないはずです。
都市伝説の真偽を確かめるには絶好の条件が揃っていました。U君のマンションに向かう道中、僕らは3人とも無言でした。
みんな強がっていましたが、3人とも都市伝説が怖かったのだと思います。
何も起こるわけがないと思いながら、心のどこかでは、「もしかしたら・・・」という気持ちを捨てきれずにいました。

U君のマンションに到着した頃には、辺りは薄らと暗くなり始めていました。
玄関のチャイムを押すのはO君の役目になりました。
「いいか?やるぞ」O君が言いました。緊張しているのが傍目にもわかりました。

ピンポーン・・・ピンポーン・・・ピンポーン・・・ピンポーン・・・ピンポーン・・・ピンポーン・・・ピンポーン・・・ピンポーン・・・ピンポーン・・・ピンポーン・・・

10回目のインターフォンが鳴り終わると、僕たちは固唾を飲んで通話口を見守りました。
みんな足は逃げる方向に向いていました。
だけど、5秒経っても何も起きませんでした。
「なんだよ、はったりかよ」明らかに安心した様子でO君が言った、その時でした。

はあぁぁぁぁぁぁい

インターフォンの通話口から男とも女ともわからない野太い呻き声が聞こえました。
「ひゃあ!」一目散に逃げたのは、O君でした。僕も後に続きました。
しばらく走って後ろを振り返ると、腰を抜かしたU君が玄関前から必死に手を伸ばしているのが見えました。
「待ってよっ!お願いだから待ってよ!」U君は半べそをかいていました。
僕は、立ち止まりU君の元に戻ろうとしました。
すると、U君の背後で、家の玄関扉がゆっくりと開き始めたのが見えました。
戻っちゃいけない。僕の本能がそう告げていました。
僕は泣き叫ぶU君の声を振り切ってO君と一緒に逃げました。

翌日。U君は学校を休みました。次の日もその次の日もU君は休みでした。
やがて、担任の先生からU君が病院に入院することになったという発表がありました。
先生ははっきりとは言いませんでしたが、僕のお父さんとお母さんが話しているのを聞いて、U君が入ったのは精神病院だとわかりました。

あの日、U君の身に何が起きたのかはわかりません。
ただ、2、3ヶ月もすると、誰もU君の話をしなくなりました。
学校は、何事もなかったかのように、いつも通りになりました。

ただ、僕とO君だけは別です。
O君は、あれ以来、性格が暗くなり友達が寄り付かなくなりました。
僕は、大人になった今でも、あの日の悪夢にうなされ続けています。
そして、U君のことを思うと、たまらなく胸が苦しくなるのです。

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