わらしべ長者の怖い話

わらしべ長者は、ワラをはじめに持っていた貧乏人が色々な人と物々交換をしていき最後には大金持ちになるという昔から伝わるおとぎ話だ。
実は、現代の日本で、これとよく似た経験をした人がいる。
ただし、おとぎ話のように夢のある話ではなく、身の毛もよだつ怪異として・・・。

Wさんは、金融企業で事務をしている28歳の女性で、電車で1時間ほどかけて都内のオフィスに通っている。

ある日の帰り道。
交差点で信号待ちをしていると、ふと地面に目がいった。
一輪の白い花が落ちていた。
詳しくはないので花の名前はわからなかった
けど、ユリかなと思った。
アスファルトの歩道にぽつりと落ちる白い花。
その情景に心打たれ、Wさんは、なんとなく花を拾い上げた。
どうするつもりもなく反射的な行動だった。
すると、どこからか女の子が近寄ってきた。
「お姉ちゃん、その花とこのアメを交換して」
小学生低学年くらいの女の子だった。
小さい手の平にお菓子のアメが乗っている。
「このお花欲しいの?」
女の子はコクンとうなずいた。
Wさんは、女の子に白い花を渡し、代わりにアメをもらった。
「ありがとう」
Wさんがお礼を言うと、女の子はトコトコと向こうにかけていった。
女の子とのやりとりの間に、信号は青に変わっていた。

マンションに到着しWさんが郵便ボックスを確認していると、ゴホゴホとむせるように咳き込む声が聞こえた。
マスクをつけた女性が苦しそうに咳をしていた。
Wさんは「大丈夫ですか?」と声をかけた。
「喉風邪で。すいません」
Wさんは、さっき女の子にもらったアメの存在を思い出した。
ポケットからアメを取り出し、女性に差し出す。
「よかったら、どうぞ」
「いいの?ありがとう」
女性は感謝して、受け取ったアメを口に入れ、ようやく咳は落ち着いた。
「助かったわ。よかったら、これ、どうぞ」
そう言って、女性は抱えていたレジ袋からオレンジを一つ取り出してWさんに渡した。

エレベーターの中、Wさんは手の中のオレンジを転がしながら、まるで、わらしべ長者みたいだなと考えていた。
道端で拾った花がアメに変わり、そのアメが今、オレンジとなっている。
このまま物々交換をしていったら、私も大金持ちになれたりして、、、
そんな想像を膨らませてWさんは心の中でクスッと笑った。
いただいたオレンジは冷蔵庫で保管しておくことにした。

翌朝、Wさんが駅に向かって歩いていると、交差点で自転車を引いたおばあさんに道を聞かれた。
「病院はどちらになりますか?」
Wさんはできるだけ丁寧に道順を説明してあげたけど、おばあさんの反応からは、理解してくれているかよくわからなかった。
Wさんは、おばあさんを病院まで案内することにした。
仕事は遅刻だけど仕方がない。
自転車を引くおばあさんを先導して歩いていく。
途中、おばあさんが「あつい、あつい」と何度も汗を拭くので、Wさんはバッグからタッパーに詰めたオレンジを取り出し、おばあさんにあげた。
冷蔵庫で冷やしておいたのを切って詰めてきたのだ。
おばあさんはオレンジを頬張りながら、「ありがとうね」と感謝した。
ようやく病院に着いて、Wさんがおばあさんを振り返ると、乗っていた自転車だけ残して、おばあさんの姿が消えていた。
自転車のカゴにはおばあさんのハンドバッグが入れられたままだった。
どこにいってしまったんだろう・・・。
先に一人で院内に入っていったのだろうか。
不安になって辺りを見回しても、おばあさんの姿はどこにもない。
オレンジと交換で自転車だけ残して消えてしまったみたいだった・・・。
わらしべ長者の偶然がまだ続いているかのようで、奇妙な感覚がした。
Wさんは途方に暮れた。
そのまま会社に行ってしまってもよかったけど、道案内の途中で相手の行方がわからなくなるなんて気持ちが悪いしモヤモヤした。
病院の受付でたずねてみても、Wさんが案内したおばあさんは来ていないという。
Wさんは、自転車に残っていたおばあさんのハンドバッグをあらためてみた。
すると、バッグに財布が入っていた。
財布の中の健康保険証でおばあさんの住所がわかった。
病院からは自転車で15分くらいの距離だ。
Wさんは、自転車を借りて、おばあさんの自宅に向かってみた。
しばらく自転車を走らせると、駅近くの繁華街を抜け、周りに見えるのは雑木林と住宅だけになった。
その一角に、おばあさんの家はあった。
真鍮の門扉に洋風のレンガ造りの建物。
外国の邸宅のような屋敷だった。
門の横に設置されたインターフォンを押してみるが、誰も出てこない。
ためしに門を押してみると、開いた。
門から屋敷までは、砂利道が続いていた。
ザクザクと砂利を踏みながら屋敷に近づくにつれ、Wさんはざわざわとした胸騒ぎが広がるのを感じた。
たしか、わらしべ長者の最後は大きな屋敷をもらえるのではなかったか。
花がアメに変わり、アメがオレンジに変わり、オレンジが自転車に変わり、今は豪勢な屋敷に足を踏み入れている。
おとぎ話との奇妙な符合はなんなのだろう。
それに、この屋敷はどこかおかしかった。
庭は雑草が伸び放題だし、屋敷の壁も褪せて見える。
人が住んでいる気配がなかった・・・。
それでも、Wさんは、おばあさんが無事なのを確認して自転車を返さないとという半ば義務感で足を前に進めた。
けれど、いざ目の前までたどりつき、屋敷を見上げると違和感はさらに強まるばかりだった。
窓ガラスはいたるところが割れていて、蔦が屋敷に絡まるように生えている。
だんだん怖くなってきて、来た道を振り返った。
Wさんは絶句した。
・・・乗ってきた自転車がなくなっている。
たしかに門扉の前にとめたのに。
この屋敷と交換されたとでもいうのか・・・。
望んでもいないのに、勝手に物々交換が起きるなんて気味が悪い。
Wさんは逃げ出したくなった。
その時、屋敷の扉がキィィと不協和音をあげて開いた。
まるでWさんを招き入れるかのように。
心は中に入りたくないのに、足は屋敷の中に向かっていた。
「ごめんください」
屋敷に入ると、吹き抜けと2階へ続く階段が目に飛び込んできた。
舞踏会でも行われるような広間と階段だ。
階段は踊り場を経由して左右に分かれて2階の廊下に続いている。
Wさんが2階を見上げると、おばあさんの姿があった。
その傍では、マスクをつけた女性がおばあさんの肩を支えていた。
マンションの郵便ボックスのところでオレンジをくれた女性だ。
あの2人は知り合いだったの?
頭の中がぐちゃぐちゃしたが、とにかく2人に話を聞かないとと思って、慌てて階段に足をかけた瞬間、Wさんはハッとした。
踊り場に女の子が立っている・・・。
交差点でアメと花を交換した女の子だった。
手にユリのような白い花を持っている。
「お姉ちゃんにこの家あげる」
わけがわからなかった。
女の子がここにいることも、言っている内容も。
「お姉ちゃんも一緒に暮らそうね」
女の子は目を見開き、Wさんを一点に見つめていた。
その目は、爛々と怪しく光っているように見えた。
いつのまにかおばあさんとマスクの女性が女の子の横に立っていた。
3人は、黙ってじっとWさんを見おろしている。
3人とも、抜け殻のように生気のない表情で、何の感情もこもっていない目をしていた。
Wさんの全身を寒気が走った。
叫び出しそうになるのをこらえ、屋敷から逃げ出した。

振り返らずに走り続けると、いつもの交差点まで戻ってきていた。
見慣れた光景にホッと安堵の息が出た。
嫌な汗をびっしょりかいていた。
(あの3人はいったいなんだったの・・・)
ふと、交差点の信号機の下に、花束が供えられているのに気がついた。
お菓子や絵が一緒に供えられている。
誰かがここで事故にあって亡くなったのだろう。
なぜ今まで気がつかなかったのか不思議だった。
白で統一されたお供えの花束の中に、あの日、Wさんが拾ったユリのような花が混ざっていた。
(私は、お供えの花を拾ってしまっていたんだ・・・。だとしたら、あの女の子やマスクの女性やおばあさんは、もしかして・・・)
あのまま屋敷に残っていたらどうなっていたのか、想像するだけで怖かった。
お供えの花束から、白い花が一つ、ポトリと地面に落ちた。
(ごめんなさい、知らずに、バチ当たりなことを)
Wさんは、落ちた白い花を拾って供え直そうとした。
その時、誰かがWさんの服の裾をつかんだ。
振り返ると、憤怒の表情に顔を歪めた女の子がWさんの服を引きちぎらんばかりに握って立っていた。
「それは私の花だ!」

わらしべ長者・・・。
まるで何かの力が働くように物々交換が進む時、ふと立ち止まって、いわくつきのものでないか確認した方がよいのかもしれません。

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