民泊の怖い話

これは民泊がまだ世間から今ほど注目を集めていなかった数年前に、Oさんが体験した怖い話。

Oさんは、当時大学生で、同じ大学に通う彼氏がいた。
その彼氏というのが、パチスロにはまってバイト代を全部使ってしまうようなダメ男だったけど、なんとなくズルズルと付き合いを続けていた。

ある時、彼氏が珍しく、旅行に誘ってきた。
行き先は東京。ディズニーランドにいこうと彼氏はいった。
まだ一度もディズニーランドにいったことがないOさんは素直に喜び、普段のダメな彼氏の姿を知っているだけに、やればできるんだと嬉しくなり、手配などすべて彼氏任せにしてしまった。

夕方、電車で東京に到着し、彼氏のあとについて宿泊先に向かったOさんは驚いた。
「ここが今日泊まるところ」と案内されたのは、飲み屋が並ぶ通りにあるさびれたマンションだったのだ。
民泊という、一般の人の部屋を貸りて泊まれるシステムがあるのをOさんはその時はじめて知った。
お金がない彼氏が、格安で泊まれる場所を探していて、見つけたらしい。

鍵が入っているという郵便ポストからはDMとチラシがはみ出していて、チラシとチラシの間に安っぽいシリンダー錠が入っていた。
マンションの廊下は下水のようなニオイがして、照明の蛍光ランプは明滅していた。

外観からある程度想像できたけど、部屋の中も悲惨だった。
間取りは1Kなのだけど、壁紙は黄ばんでいて、部屋からタバコとカビ臭さがまざったようなニオイがした。
シングルベッドがポツンとあるだけで他の家具は何もない。
ベッドシーツをさわってみると、髪の毛がいくつも残っていた。
ちゃんと掃除もしていないらしい。

「ねぇ、本当にここに泊まるの?ホテル探そうよ」
Oさんがイライラと彼氏に言うと、
「もうお金払ってるし」と彼氏もイライラと返事をした。
彼氏も、あまりの部屋の悪さには引いていたけど、お金を無駄にしたくない気持ちが先行していた上に、自分が手配した手前、責められていると感じて引くに引けないようだった。
Oさんと彼氏はしばらく言い争いになったけど、結局、Oさんが折れた。
せっかくの旅行を台無しにしたくなかったのだ。

彼氏は、不機嫌になって、ベッドに横になってしまった。
Oさんは、髪の毛だらけのベッドに入る気になれず、持ってきたジャケットを床に敷いて、その上に横になった。

しばらくして、Oさんは、寝息をたて始めていた彼氏をゆすって起こした。

「なんだよ?」
「誰かに見られているような気がする」
「は?気のせいだろ」
「この部屋、持ち主がいるんでしょ?監視カメラとか仕掛けられたりしてない?」
すると、彼氏は「はっ」と上から馬鹿にするように笑った。
Oさんは、また怒りが再燃し、彼氏は放っておいて、コンセントや天井にカメラらしいものが仕掛けられていないかチェックしたが、何も見つからなかった。

けど、部屋から感じる不快感はなくならない。
その時、彼氏が眠るベッドの下の隙間がOさんの目に留まった。
屈んでベッドの下の隙間を覗いてみた。
奥に黒く盛り上がった固まりがあるように見えた。
・・・なんだろう。
嫌だけど、手を伸ばしてみた。
指先を動かしながら慎重に少しずつ探っていく。
すると、指先の周りの空気が動くのを感じ、布のような感触が指先をササーッとなでていった。
「きゃっ」
悲鳴を上げてベッドの下から手を抜いた。
「今度はなんだよ」
彼氏が不機嫌そうに首だけで振り返る。
「ベッドの下になにかいる」
「気のせいだよ」
「ねずみとかかもしれないし。見てよ」
彼氏は渋々といった態度で起き上がり、ベッドの下をスマホのライトで照らした。
なにもいない。
奥に見えた気がした黒い盛り上がりもなくなっていた。
「びびりすぎ」
再び馬鹿にするように鼻で笑って、彼氏はベッドに戻った。
Oさんは悔しくて仕方なかった。
(なんで私は、こんな嫌なダメ男と付き合っているんだろう。この旅行が終わったら今度こそ別れよう)
Oさんが、横になっている彼氏の背中を見ながらそんなことを考えていると、ふと彼氏の姿に違和感を覚えた。
なにかわからないけど、今視界に入っているものに間違いがあるような感覚・・・。
目を凝らして考えた。
ハッとOさんは身じろぎした。
彼氏の肩に回された手。
下になった彼氏自身の右手だと思っていたけど、彼氏の手にしては妙に細い。
まるで・・・女性の手だ。
Oさんが立ち上がって近づくと、肩に回された手はスッと彼氏の身体に隠れた。
Oさんが、正体を確かめようと恐る恐る覗き込むと、ちょうど彼氏が寝返りを打って、目を見開いた。
「なんだよ、やっぱ、一緒に寝たいの?」
「は?そんなんじゃない」
ニヤニヤ笑う彼氏にOさんは苛立って、再び床に座った。
あの手は見間違いだったのだろうか・・・。
Oさんは寒気を感じブルッと身を震わせた。
さっき近づいたせいで彼氏はなにを勘違いしたのかOさんの方を向いて、ニヤニヤ笑いを続けていた。
とてもそんな気分じゃなかったし、Oさんは彼氏の視界から逃げたくて立ち上がった。
彼氏と向き合うよりは黄ばんだ壁でも見ていた方がマシだった。
すると、照れ隠しと思われたのか彼氏が起き上がり、Oさんの背後にきて腕を回してきた。
(あー、うざい)
Oさんが彼氏の腕を外そうとしたその時、Oさんは壁紙が少しめくれている箇所があるのに気がついた。
Oさんは、ほぼ反射的にめくれているところに指を添えて、ピリピリとめくっていた。
すると、壁紙の下から液体が点々と飛び散ったような小さな斑点があらわれだした。
さらにめくっていくと斑点がどんどんふえていく。
赤黒いそのシミは、まるで・・・血の跡のようだった。
Oさんは血の気が一気に引いた。
すぐに荷物をまとめた。
「もうやだ!この部屋、なにかあったところだよ。こんなところ借りるなんてなに考えてるの。私は別のところに泊まるから!」
言い放って、Oさんは部屋を飛び出した。
「おい、ちょっと待てよ!」という彼氏の言葉は無視した。
スマホがあればどうせ連絡はつく。
とにかく、一刻も早く、部屋を出たかったのだ。

しばらく歩くと、空いているビジネスホテルがすぐに見つかった。
スマホを確認したが、彼氏からの連絡は入ってなかった。
自分の彼女が旅行先でどこに泊まろうとどうでもいいというのだろうか。
Oさんは宿泊手続きをすすめた。
けど、彼氏が追ってくることも考えて、2人泊まれるセミダブルの部屋にしてもらい、ホテルの名前と場所を彼氏にメールだけしておいた。

未明まで彼氏からの連絡を待ったが、結局、電話もメールもなかった。
意地になって、あの部屋に泊まったのだろうか。
前から、彼氏には、へんなところで強がるクセがあった。
プライドだけ強い甘ちゃんなのだ。
ほんとにいいところなどないのに、情と義理で見捨てることができなくなってしまっているのは自分でもわかっていた。

仮眠をとってチェックアウトをすませてホテルを出た。スマホを確認しても、まだ彼氏からの連絡はない。
痺れを切らしたOさんは自分から電話をかけた。
しかし、彼氏は出ようとしなかった。
(ほんとになに考えてるの)
イライラはマックスまで高まっていたが、一人でディズニーランドにいってしまうのも忍びなく、カフェで時間をつぶした。
けど、いくら待てども、彼氏から連絡が来ることはなかった。
一度だけ、民泊のマンションの前までいってみたけど、どうしても中に入る気になれず、チェックアウトの時間も過ぎているからいないだろうと思い引き返した。

時間だけが無駄にすぎ、Oさんは、結局、1人で帰途の新幹線に向かった。
東京駅で新幹線を待つ間、惨めな気持ちに涙がおさえられなかった。
周りの人から奇異な目で見られているのはわかった。
人生、最悪の旅行だった。

新幹線に乗り込むと、隣の席は空席だった。
予約してあったのに、一緒に帰るつもりもないらしい。
これであの人との付き合いは終わりだな。
Oさんはそう感じた。

東京から帰ると踏ん切りもついて、彼氏からの連絡を待つ気もさらさらなくなった。
気持ちを切り替え大学生活に戻って数週間、キャンパスを歩いていたOさんはギョッと足を止めた。
見間違えかと思ってスルーしかけたが、彼氏が1人で向こうから歩いてきていた。
旅行以来一度も連絡を取っていないので気まずかったけど挨拶くらいはしないと失礼かなと思った。
ところが、彼氏の方はOさんが視界に入っていないかのように横を通りすぎていった。
どうもその様子がおかしかった。
血色が悪く、頬はこけ目の下には濃いクマができていて、下を俯いて、ひとりごとをなにやらぶつぶつつぶやいていた。
まるで別人のようだった。
心配になって、声をかけようと振り返ると、ついさっきまで1人で歩いていたと思ったのに、彼氏の横に黒髪の女性が寄り添うように歩いていた。
もう次の彼女を作ったのか。
がっかりしたようなすっきりしたような変な気分にOさんはなった。
けど、なんだろう・・・こんなに天気がいいのに、2人が歩いているところだけ暗く陰鬱に見えた。

それ以来、Oさんは、彼氏の姿を見かけていないという。

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