【怖い話】しゃべらない

Sくんは、ある日、急にしゃべらなくなった。
ただの一言も。
「なんでしゃべらないの?」
小学校のクラスメイトがたずねても首を振るだけ。
「なにかあったの?」「体調悪いの?」
クラスメイトがいくら心配してもSくんは頑なに口を真一文字にひき結んで口を開こうとしなかった。
明るく闊達だったSくんの異常行動にクラスはざわついた。
いつもはSくんの周りには友達が溢れているのに、今日はみんな遠巻きに見ているだけだ。
休み時間もSくんは自席で1人俯いて座っている。

Sくんの様子がおかしいという話は、担任の先生の耳にもすぐに届いた。
担任のO先生は、Sくんを生徒指導室に呼び出した。
「なにかあったのか?」「体調悪いのか?」
クラスメイトと同じような質問をO先生はSくんに投げかけたが、Sくんはジッと俯いて何かを堪えているようにしているだけで、一言もしゃべってくれない。
保健の先生にも来て診てもらったが、なしのつぶてだった。
「身体には異常はなさそうなので、心因的な理由ではないでしょうか」
保健の先生は、それ以上はお手上げといった感じで戻っていってしまった。
O先生には、Sくんの心因的なストレスで思い当たるものがなかった。
クラスでもどちらかというと人気者で、いじめや仲間外れにあっているわけでもない。
成績は中の中というところだけど、気に病む話とは思えない。

O先生は、Sくんの家に電話をかけてみた。
お母さんに確認すると、Sくんが話さなくなったのは今朝からだという。
お母さんも困惑していて、Sくんが帰り次第、病院に連れて行こうと思うと言った。
「何かSくんのストレスになるようなことに心当たりがありませんか?」
そう尋ねると、お母さんは数秒沈黙してから切り出した。
「・・・関係あるかわかりませんが、実は先週、今住んでいるマンションで飛び降り自殺があったんですよ。お酒に酔っての事故という話もあるのですが、12階に住む人がベランダから身を投げて。Sはよくマンション前の広場で遊んでいるので、もしかしたら現場を目撃してしまったのかもしれません。あの子、一言もそんな話はしないんですが」
もし、事実だとしたら、その時の光景がトラウマとなっているのかもしれない。
事実確認を本人にしたいところだが、無理に話させるのはかえってよくない気がした。
Sくんが自発的に話しを聞いてもらいたくなるのを待つしかない。
O先生は、根気強くSくんの症状と向き合っていかなければと心を決めた。

O先生が、職員室を出ると、女子生徒が廊下に立っていた。
たしか隣のクラスのMさんという生徒だった気がする。
態度から察するに、O先生をまっていたようだ。
「どうした?」
声をかけると、MさんはキッとO先生を睨みつけるようにして言った。
「Sくんが殺したんだよ」
O先生が言葉を理解する前にMさんは走り去っていった。

Mさんが放った不穏な台詞はなんだったのか。
いくら考えてもすっきりする答えは見えてこなかった。
翌日も、O先生は、Sくんを生徒指導室に呼び出した。
といっても、クラスや勉強の話をO先生が一方的に話すだけだ。
Sくんは、相変わらず俯いているだけで口を開かない。
O先生は、ふと思いついた。
「なぁ、S。Mさんとは仲良いのか?」
すると、この2日間ではじめてSくんがまともにO先生の目を見つめ返した。
「・・・あいつ、先生に何か言ったの?」
O先生は驚いた。Sくんが話したのだ。淀みなく流れるように。
その口振りにO先生は悟った。Sくんはしゃべりたくてもしゃべれないのではない。自分のはっきりとした意志で、しゃべらないようにしているのだ。
そして、Mさんの存在は、Sくんの中で大きな意味を持っているらしい。
「・・・よく一緒に遊んでいるのか?」
「全部嘘だから。Mが言っていること・・・」
「嘘?」
O先生は、詳しく話を聞こうとしたが、Sくんは、それきり二度と口を開いてくれなかった。

翌日、O先生は、Mさんを呼び出した。
「この前、職員室の前で言っていたことだけど・・・」
そう切り出すと、Mさんはキョトンとした顔をした。
「何のことですか?」
Mさんの反応に、O先生もキョトンとしてしまった。
「・・・この前、訪ねてきてくれたよな。で、『Sが殺したんだよ』って」
「私、先生を訪ねたりしてません」
そう言ってMさんは困ったように眉間にシワを寄せた。
とぼけているのではなく、本当に話が通じていなかった。
Mさんの記憶からO先生を訪ねた記憶だけがすっぽり消えてしまったかのようだった。
何度聞いても返事が変わらないので、O先生は話題を変えることにした。
「Sとは仲良いの?」
「同じマンションなので、たまに一緒に遊んでます」
やはり、SくんとMさんには繋がりがあった。
しかし、Mさんの態度の急変はどういうことなのか。
「Sがしゃべらなくなった理由を知ってる?」
「しゃべらなくなった?Sくんが?何のことですか」
再びMさんは、困惑顔をした。
やはり話が通じない。
まるでMさんの最近の記憶が消えてしまったかのようだった。
なぜ・・・?
O先生は戸惑うしかなかった。

Mさんと廊下で別れると、入れ替わるようにSくんが現れた。
「何か言いたいことがあるのか?」
「・・・お話があります」
そう言ったSくんの顔は、普段クラスで見るのとは別人のようだった。
子供らしい無邪気さは消え、老練した年上を相手にしているような感覚がした。
「先生は、言霊って知ってますか?」
生徒指導室に2人で入ると、Sくんは言った。
「コトダマ?」
「はい。言葉の魂と書いて言霊です。僕の話す言葉には力があるみたいなんです。僕が話した言葉は現実になるんです」
Sくんが冗談を言っているようには見えなかった。
「確信したのは、あの日。母から聞いていると思いますが、マンションで飛び降りがあった日です。僕はマンション前でMちゃんとボール遊びをしていて、12階に住んでいる人がベランダの手すりに寄りかかっているのを目撃しました。お酒を飲んでいたのか、フラフラしていて、思わず頭に浮かんだ言葉を言ってしまったんです。『危ない。落ちる!』って」
「・・・」
「すると、その人は、ベランダの手すりを乗り越えて、何のためらいもなく飛び降りました・・・酔って落ちたとかではないんです。まるで誰かに命令されたかのように飛んだんです」
「・・・でも、Sが言った言葉とは関係ないんじゃないのか」
「いえ、僕が『落ちる』と言ったから、その人は落ちたんです。前からそうだったんです。父と母が別れた時もそうでした。父はずっと母に暴力を振るっていたんですが、父に依存してしまっていた母は別れられずにいました。でも、僕が『お願いだから別れて』と頼んだら、まるで人が変わったかのように手続きを進めて離婚をしてくれました」
「それは偶然だよ・・・」
「他にもあります。友達に何かをちょうだいと頼めば、それがどんな高価なものだろうとくれます。一度、道を歩いている知らない人に『財布をください』と頼んだら、くれたこともあります。これは生まれつき持っている僕の力なんです」
「・・・」
どう反応していいかO先生はわからなかった。
およそ荒唐無稽な話だ。
しかし、小学生の妄想と切り捨てるには、Sくんの表情は真に迫っていた。
「僕は、この力がずっと苦しかった。どうしていいかわからなかった。だから、飛び降りの後、Mちゃんにはじめて打ち明けたんです。けど、Mちゃんは気味悪く思うだけで、まるで僕をバケモノみたいな目つきで見てきただけでした・・・」
「・・・とにかく、話してくれてありがとう」
O先生は、Sくんの話が嘘か本当かは棚上げすることにした。
まずは認めることだ。
児童心理学の先生にもアドバイスを求めよう。
Sくんの症状は、自分の手には有り余るとO先生は思った。
「・・・すいません、先生」
「Sが謝ることじゃないよ」
「違うんです。全部話したのは、僕が誰かに話してスッキリしたかっただけなんです・・・もう僕は誰も信じません・・・だから、先生。今僕が話したことは、すべて忘れてください」

・・・O先生は休み時間中のクラスを見回す。
今時珍しいくらいにO先生のクラスはまとまっている。
いつもみんなの輪の中心にいるのはSくんという生徒だ。
口数こそ少ないがSくんはカリスマ的な存在だ。
Sくんの言葉にはクラスのみんなが従う。
どうしてなのかはわからない。
そのSくんが、とことこと近づいてきた。
「O先生。今日は宿題なしにしてくださいね」
・・・そうだ。今日は宿題なしにした方がいいか。
みんなが遊ぶ時間がなくなってしまうしな。
Sくんの言葉には、大人のO先生でもそうするのが正しいと思わせるような説得力があった。
O先生は、笑って答えた。
「・・・そうだな、S。意見ありがとう」

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