【怖い話】お客様の声

これは私が数年前まで社員として働いていたスーパーマーケットで体験した怖い話です。

よく、スーパーの入り口に『お客様の声』というアンケートボックスが設置されていることがありますよね。
私は、その『お客様の声』の回収とパソコンへの入力を担当業務の一つとして任されていました。

『お客様の声』に投げ込まれているのはたいていはクレームです。
レジ担当の誰々の対応が悪かったとか、欲しい商品が一向に入荷されないとか、そういう内容がほとんどなので、入力するのもうんざりしてきます。
入力業務は、スーパーの主業務ではないので必然的に残業して、パートさんがみんな帰ってしまった寂しいオフィスで作業しなくてはなりません。
鬱屈する作業でしかありませんでした。

そんな『お客様の声』に時々、奇妙なアンケート用紙が混ざっていることがありました。
ミミズがのたくったような震えた筆跡で枠いっぱいに細かく文章が書かれているのですが、何が書かれているのかさっぱり読めません。
達筆すぎて私にだけ読めないのかと思って、同僚にも見てもらったりしたのですが、「これは字じゃない」という意見でした。
そして、同じ人物が書いたと思われる読めない筆跡のアンケート用紙が、定期的に2週間に1度くらいの頻度で必ず投げ込まれているのです。

よほど、伝えたいことがあるのか、単なるイタズラなのか、私はどんな人がこのアンケートを書いているのか次第に気になってきました。
店舗で作業している時、それとなく『お客様の声』のボックスをちらちらチェックしたりしましたが、それらしい人物を見かけることはありませんでした。

そんなある日のことです。
朝出勤した私はハッとしました。
昨日の夜、『お客様の声』をボックスから回収して例の奇妙なアンケートは入っていなかったのですが、ボックスに鍵をかけるのを忘れていたことを思い出したのです。
誰も勝手に開けないとは思うのですが、万が一があってはいけません。
開店前に気づいたのが幸いでした。
私は鍵を持って、『お客様の声』のボックスに向かいました。
鍵をしめようと思って、ふと、妙な気配を感じました。
誰もいないはずなのに、誰かに見つめられているような、そんな気配です。
ありえない話ですが、その視線はボックスの中から私に向けられている気がしました。
私は半開きになっているボックスを開けてみました。
思わず「あっ」と声が出ました。
ボックスの中に一枚のアンケート用紙が入っていました。
昨日、たしかに空にしたはずなのにです。
なんとなくそんな気がしましたが、そのアンケート用紙は例のミミズがのたくったような筆跡で書かれていました。
社員やパートの誰かの仕業ではありえませんでした。
昨日、私が『お客様の声』の処理を始めたときにはすでに全員退勤済みで、残っていた人は誰もいなかったからです。
誰もいない真夜中のスーパーで一体誰がこのアンケートを書いているのでしょう。
背筋が寒くなりました。

同じ頃、別の騒ぎが起きました。
真夜中に警備会社のアラームが作動し、担当者が店舗前にかけつけガラス越しにライトで真っ暗な店内を確認したところ、店内を徘徊する黒い影があったというのです。
ところが店内をいくら捜索しても誰もいませんでした。
その報告が警備会社から上がるや、社員やパートさんから、閉店後のバックヤードや店内で人影を見かけたという話が次々と出てきました。
私も『お客様の声』の奇妙なアンケートの話をしようかと思いましたが、人影騒ぎで盛り上がる中、言い出すタイミングを失ってしまい、そのままになってしまいました。

対応を求められた店長が、知り合いの住職さんを呼んで店舗でお経をあげてもらうことにしました。
社員やパートさんの不安を少しでも和らげようという配慮だったようです。
法衣を着たご住職がお経を上げながら店内を練り回る姿は不思議な光景でした。
1時間ほどかけて、読経が終わりました。
私は、バックヤードで休憩する住職にお茶菓子をお出しすることになったので、ちょうどいいと思い、あの奇妙な『お客様の声』を見ていただくことにしました。
アンケート用紙に目を通したご住職は「あちゃー」という顔つきで天を仰ぎました。
「とんだ余計なことをしてしまったかもしれんですな」
「どういう意味ですか」
ご住職の発言の真意がわからず私は聞き返しました。
「いえいえ、まぁ、こちらの話ですので、お気になさらず」
ご住職はそう言うと、誤魔化すような作り笑いを浮かべ、そそくさと帰ってしまいました。

それからというもの、人影の目撃談はピタッとなくなり、あの奇妙なアンケート用紙が『お客様の声』ボックスに投げ込まれることもなくなりました。ご住職のお経を聞かせたのが効いたのかと思いました。
ところが、全く別の問題が起きました。
お店の売上が急激に落ちていったのです。
競合店が近くにできたとか、不祥事があったとかではなく、ただ人が寄り付かなくなったという感じでした。
それまで同チェーン店の中でも上から数えた方が早い売上を誇っていたのに、わずか1年もしないうちに不採算店舗として閉店が決まり、私は他の店舗への異動を命じられました。
後から考えてみると、売上が下がり始めたのは、ご住職がお経を上げて、人影とアンケート騒ぎが止んでからでした。
もしかしたら、スーパーに現れた人影は、お店にとって座敷童人や福の神のような良い存在だったのではないでしょうか。
あの奇妙なアンケートは、スーパーのことを思って書かれた真摯な『お客様の声』だったのかもしれません。

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