読者モデルの怖い話

昔馴染みのAちゃんとカフェでばったり再会した。
僕はフリーのカメラマンを生業にしていて、Aちゃんが大学生だった頃、読者モデルとして何度かAちゃんを撮影したことがあった。
近況をたずねると、今ではファッション雑誌の編集者をしているという。
仕事を頂戴よ、と冗談を言いながら、会話は自然と昔話になっていった。
読者モデルは女の世界だ。
ドロドロとしたえぐい話がふってわくほどある。
話はつきなかった。

しばらく話し込んでいると、ふと、Aちゃんが漏らした。
「そういえば、私、一度すごく怖い思いをしたことあるんですよ・・・」

それは、Aちゃんが大学2年の時のことだという。
ある時、Aちゃんは大学帰りに表参道でウィンドウショッピングをしていたら、
一眼レスカメラを首からぶら下げた男に声をかけられた。
雑誌にあなたの写真を掲載させてもらえないか、と男は頼んできた。
読者モデルとしてはまだ駆け出しだったAちゃんはこれはチャンスと、
迷うことなく撮影を快諾した。

「なに?ついていったら服でも脱がされたの?」
僕は、にやけて茶化した。
「話の腰を折らないでくださいよ、そんな話じゃないんです」
Aちゃんは、話を続けた。

近くに自分のスタジオがあるので、と男はAちゃんを近所のスタジオに連れて行った。
雑居ビルの4階に入った小さなスタジオで、排水が悪いのか、
水が腐ったようなにおいがしたという。
Aちゃんは内心怖かったけど、チャンスをみすみすふいにしてしまう方が嫌だった。
虎穴に入らずんばの精神で撮影に望む覚悟だった。
男はAちゃんを黒い背景紙の前に立たせると、黙ってシャッターを切り始めた。
特に男が指示をしてくるわけでもなく、ポージングも習う前だったので、
Aちゃんはほとんど棒立ちだったという。
けれど、男は一心不乱にシャッターを切っていった。
こんなもんなのかとAちゃんは思った。

けど、撮影が進み、やっぱり、おかしいなと感じ始めた。
さっきから男は、Aちゃんの右足の方にばかりレンズを向けている気がしたのだという。
気のせいだろうか。
右足をワザと動かしてみると、カメラのレンズが追ってきた。
気のせいなんかじゃなかった。
なぜ右足ばかり撮影するのか、理由がまるでわからず、背筋が寒くなった。
ちょっと休憩しましょうと言って男がトイレに立った。
Aちゃんは、その隙に、
男がテーブルの上に置いていたポートフォリオ(作品集)を盗み見てみた。
普段、どんな作品を撮影しているのか見れば、
右足ばかり撮影する理由がわかるかもしれないと思ったのだ。
ページをめくってAちゃんは絶句した。

そこには一つの作品があった。
いや、正確にはたくさんの写真が切り貼りされて一つの作品となっていた。
何人もの女性の身体のパーツ写真が何枚も組み合わせられて、
一人の人間を形づくっていた。
同じ被写体は一人も混ざっていない。
まるで、いいパーツだけを集めて、
理想の女性を表現しようとしているようだった。
そして、その作品の女性は、右足だけが欠けていた。
見ようによってはアートなのかもしれない。
けど、Aちゃんは、気味が悪くて仕方なかった。
女性のパーツを集める男の妄念が詰まった狂気の産物に思えた。

Aちゃんは、男がトイレから戻る前に、スタジオから逃げたという。

「怖くないですか?それきり、その人には会ってないんですけど、思い出すだけで、いまだに気持ち悪くて・・・」
「たしかに不気味だなぁ。ちなみに、そのスタジオの場所覚えてる?知ってるヤツかわかるかも」
「えっと、たしか〇〇の近くで、一階が××でした」
住所を聞いてドキッとした。
心当たりがあった。
「それ、知ってるカメラマンだ・・・けど、死んだよ、そいつ」
「えっ・・・なんでですか?」
「突然死。しかも、不思議なことがあってさ、死ぬ間際まで、そいつが大事そうに抱えていたポートフォリオのアルバムがあったんだけど、写真が一枚もなかったんだよ。だから仲間内でも変だよな、って話てたんだ」
Aちゃんは黙ってしまった。
顔色が急に悪くなった。

きっと僕と同じ光景をイメージしているのだろう。
Aちゃんが見たという、女性のパーツを切り貼りした作られた人間が、アルバムから抜け出して、男を殺す光景・・・。

もしかしたら、"そいつ"は、今もこの社会の片隅で、息を潜めているのかもしれない。

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