那須高原のホテルの怖い話

これは、数年前、彼女と那須高原のホテルに宿泊した時の怖い話だ。
たまたまネットで、1万円代で泊まれる格安の客室露天風呂付きのホテルを見つけて、じゃあいってみようということになった。
いざ行ってみると、狭い一本道を登った先に突如現れたケバケバしいネオンに出迎えられ、一目見てラブホテルを改築したとわかる建物だった。
小窓の受付は顔を合わせずに済むように作られていたし、いつリフォームしたのかわからないけど全体的にバブルの時代を彷彿とさせる内装だった。
楽しみにしていた客室露店風呂も、年季の入ったフロ桶が狭いベランダに無造作に置かれただけな上、源泉とは思えないカルキ臭がした。
終始、彼女と2人で苦笑いするしかなかった。
まぁそれでもたまの旅行だったので、お酒を飲みながら明日のプランを2人で考えたりして、それなりに楽しく過ごしていた。
ホテルで失敗したので明日は早くから観光に時間を使おうということになり、日付が変わる前にはベッドに入った。
うとうととしていると、キュッキュッという音でまどろみから覚めた。
音は廊下からした。
キャスターが転がる時の音に聞こえた。
夜だからかずいぶん響いて聞こえた。
スーツケースか、配膳台みたいなものを従業員さんが押しているのかなとぼんやり思った。
隣の彼女は音には気づかなかったみたいで微かに寝息が聞こえた。
キュッキュッという音は、部屋の前を通り過ぎていってやがて小さくなった。
再び寝ようと思って、枕に頭を乗せた。
ところが、ようやく眠りに落ちかけた頃、また、キュッキュッというキャスターが転がる音に眠りを妨げられた。
少しイライラしてドアを睨みつける。
こんな夜遅くに何をやってるんだろうと思った。
キュッキュッという音がだんだん近づいてきて、部屋の前にさしかかり、ピタッと止んだ。
ん?と思った。
部屋の前で立ち止まった?
止まったキャスター音は、一向に再開しない。
自分たちの部屋の前にとどまっているらしい。
おかげで目が少し冴えてしまった。
しばらくドアを見ながら、耳を澄ましていると、ほんの微かに音が聞こえた気がした。
ドアをノックする音だ。
いや、ノックというより、ドアを柔らかくタッチしているような音だ。
注意してなければ聞きのがすレベルだった。
ただ、キャスターつきの台を押す部屋の外の人物が、何らかの意図を持ってこの部屋のドア触っているのは間違いない。
なんだか薄気味悪くなった。
本当に"人"なのだろうか。
人の情念がうずまくラブホテルは、"出やすい"と聞いたことがあった。
隣で眠る彼女を起こそうかとも思ったけど、眠りの邪魔をするのもはばかられた。
正体を確かめようとベッドから抜け出してドアのところに行った。
耳をドアに押し当てると、
タン・・・タン・・・
とドアを軽く叩く音がやはり聞こえた。
ドアの下の隙間から、廊下の明かりが薄ら差し込んでいて、ドアの前に立つ人物が動くのにあわせて、
影が揺れた。
ドアの下の隙間から覗いたら、何かわかるかもしれない。
そう思って、屈んでカーペットに頭をつけて、隙間を覗いてみた。
けど、さすがに1cmもない隙間だったので手前の方しか見えず、キャスターすら見えなかった。
・・・その時だった。
突然、廊下の明かりが見えなくなった。
隙間の向こうから、血走った目をした女の片目がこちらを覗き返していた。
・・・記憶にあるのはそこまでだ。

「なんでこんなところに寝てるの?」
彼女の声に目が覚めた。
苦笑いする彼女の顔が頭上にあった。
ドアの前のカーペットの上で意識を失ったらしい。
朝になっていた。
ドアの隙間から覗き返してきた血走った女の目を思い出し、身震いした。
あれは夢だったのだろうか。
不思議そうにしている彼女に事情を説明しようと口を開きかけて、口の中に激しい違和感を覚えた。
喉に何かが絡まっていて声が出ない。
指を口の中に突っ込んで、詰まっているものを引っ張り出す。
口の中から出てきたのは、女性の長い髪だった。
明るい茶髪の彼女とは明らかに違う黒い髪。
やはり何かいわくがあるホテルだったのだろうと思っている。

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