【怖い話】悪銭

 

これは知り合いのMさんから聞いた怖い話。

「・・・子供は残酷だなぁと思うんですが、今考えればなんであんなことをしたのか自分でもわからないんです。
ただ、ボクの家はすごく貧乏で、単純にお小遣いが欲しかったというのが答えなのかもしれません。

その日は、梅雨が明ける前の最後の雨が降っていて、一日曇り空で視界が悪く、ボクは一人で傘をさして小学校から帰っていました。
突然、悲鳴のようなブレーキ音がしたかと思うとドン!という鈍い音が聞こえたんです。
ボクは反射的に音がした方に駆け出していました。
角を曲がると、男性がうつ伏せで倒れているのが見えました。
車にはね飛ばされたのだということは低学年のボクにも理解できました。
男性の身体の周りがみるみる血で染まっていきました。
事故を起こした車は逃げたのか、現場にいませんでした。

どうしていいかわかりませんでした。
当時は携帯電話などありませんでしたし、誰かに助けを求めようと思っても、周りに人はいませんでした。
ただ呆然と立つしかなかったわけです。
その時、ボクは地面が光っているのに気づきました。
たくさんの小銭が散らばっていました。
事故の衝撃で男性の財布が破けて散らばったのでしょう。
100円や500円が何枚も見えました。

魔が差したとしかいえません、、、。
ボクは落ちていた小銭を拾い集めると、ポケットに忍ばせました。
小銭には飛び散った血がついていたにもかかわらず、目の前に落ちていたお金にボクの目はくらんでしまったのです。
倒れている人を助けるわけでもなく、最低な子供だったと思います。
ボクは地面に散らばった小銭を集め終えると、走ってその場を去りました。

家に帰ってポケットから小銭を出して数えました。
全部で2753円ありました。
子供からしたら大金です。
飛び散った血は洗面所の水で洗い流しました。
後ろめたさがなかったといったら嘘になります。
ただ、それ以上に、大金を手にした興奮がまさっていたのは事実です。

両親には黙っていました。
嘘はつきなれていたので問題はありませんでした。
翌朝、ひき逃げのニュースがテレビで流れるかとビクビクしていましたが、そんなニュースは流れませんでした。
両親も話題にしませんでした。
不思議でしたが、世の中ではもっと悲惨な事件や事故が日常的に起きているので、ひき逃げ事故の一つは霞んでしまうのかもしれないと思いました。
ボクからすれは注目を集めない方がいいので好都合でした。

しばらくお金に手はつけませんでした。
ほとぼりが冷めたかなという頃、ちょっとずつお菓子や漫画を買うのに使いました。
発想がまるで犯罪者ですよね。
使い始めた途端、あっという間に、拾ったお金は1円もなくなってしまいました。

おかしなことが起き始めたのは、それから、3ヶ月くらい経ってからでした。
母親に頼まれて近所のスーパーにおつかいにいきました。
お釣りはもらっていいという話だったので、いそいそとボクは出かけました。
でも、頼まれていた野菜などを買ったら、残りは数十円しかありませんでした。

家に帰り、お釣りを貯金箱に入れようとして、ギョッとしました。
小銭に血のような赤い液体がべったりついていたのです。
今しがた付着したかのような、生温かさでした。
思わずどこか怪我でもしたかなと自分の腕を確かめたくらいです。
どこも怪我はしていませんでした。
事故の被害者から盗んだ小銭のことを思い出し、気味が悪くなりました。
手元に置いておきたくなくて、その小銭はすぐに自動販売機で使うことにしまいました。

ところが、それから数日後のことでした。

今度は、道端に100円玉が落ちているのを発見しました。
ボクは興奮し、ポケットに硬貨を忍ばせて家まで走りました。
自分の部屋でポケットから100円玉を取り出し、思わず「あっ」と声が出ました。
100円玉に真っ赤な血のようなものがついていたのです。
握りしめた手の平も赤く染まっていました。
・・・事故の被害者の呪いに違いないと思いました。
救助もせずお金を盗んだボクを怒っているんだと。
そんないわくつきのお金を使おうとは思いませんでした。
ボクは、近所の神社にいき、賽銭箱に血のついた100円玉を奉納して、手を合わせて許しを請いました。
神様に捧げれば、穢れもなくなるのではないかと思ったのです。

・・・けど、ダメでした。
それからも、忘れた頃に、血のついた硬貨がボクの手元に現れるのです。
お釣りとしてくることもあれば、道に落ちていることもあります。
ある時は、鍵がかかった部屋のテーブルにべったり血のついた500円が忽然と現れたこともありました。
この呪いから逃れる方法なんてないのではないか、今ではそう思っています。

ボクの話、信じられないでしょう。
あなたの顔を見ればわかりますよ。
・・・でも、嘘じゃないんですよ」

そう言って、Mさんは私にアルミ製の貯金箱を見せた。
Mさんが蓋を開け、中を覗き込んだ私は言葉を失った。
真っ赤な血が付着した小銭が山のように入っていた。
しかも、その血は、いまさっきついたかのようにヌルヌルとして鈍い光沢を放っていた。

「ねえ、嘘じゃないでしょう」

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