【怪談】四国お遍路の怖い話

 

四国といえばお遍路で有名だ。
四国4県にまたがる弘法大師(空海)ゆかりの八十八箇所の寺院を巡礼することを"お遍路"という。
巡礼の決まったやり方はなく、一番の札所から順に回ることを"順打ち"、逆に回ることを"逆打ち"と呼ぶ。
歩いて回れば、行程は1000km以上にも及ぶ。
四国を車で走っていると、金剛杖、菅笠、白衣を着たお遍路姿の人を見かけることがある。

八十八箇所の寺院は霊場だ。
それゆえ、お遍路にまつわる心霊現象や恐怖体験、都市伝説は数多く報告されている。

その中でも、今日はBさんが体験した怖い話を紹介したい。

Bさんは定年退職を機に、時間ができたので、一念発起して奥さんとお遍路に挑戦することにした。
祈願したいことがあったわけではなく、健康のために歩いて旅をしたいくらいのモチベーションだった。
一番札所の霊山寺で、お遍路に必要な道具や服を揃えた。
お遍路の醍醐味の一つは、納経帳を買い、各札所で朱印をもらうことだ。88個の朱印が揃うと、達成感はすごい。
Bさんと奥さんも一番から順に巡りながら、各札所で朱印をもらっていた。

Bさん夫妻がお遍路を始めて40日が経った。
お遍路もほぼ終わりが見えてきた。
旅は大きなトラブルもなく順調だった。
奥さんと昔語りをしながら歩く行程は、自分の半生を振り返る作業でもあり、Bさんにとっては心の洗濯といえた。
日中はほぼ歩き通しで、2人ともすっかり日に焼けて肌は浅黒くなった。
82番札所の根香寺まで通過し、香川県のビジネスホテルに向かった。
ところが、その夜のビジネスホテルでのこと。
Bさんの奥さんが突然高熱を出した。
熱中症になったのかもしれないと心配したBさんは、すぐに近くの救急病院にタクシーで奥さんを連れて行った。
診察の結果は、疲れやストレスではないかとのことだった。おそらく旅の疲れが出たのだろうとBさんは思った。
病院で点滴を打ってもらい一日入院することになった。
寝ている奥さんの横に連れ添い、特に何もすることがなかったBさんは、納経帳をパラパラとめくって眺め、ここまでの道程を思い返していると、あるページでギョッとした。
82番の根香寺でもらった朱印の周りにベタベタと赤い手形があったのだ。朱色のインクを手の平につけて力強く押しつかたような跡・・・。
もちろんBさんや奥さんではない。
その時、Bさんは気がついた。
今Bさんが眺めていたのは、奥さんの納経帳だった。
慌てて自分の納経帳を確認すると、赤い手形はなかった。

Bさんは、心を落ちつけようと喫煙所に向かった。
タバコを控えるよう奥さんからは口酸っぱく注意されていたが、今は我慢できなかった。
納経帳はずっとBさんと奥さんが手元に持っていた。
手形をつける隙など誰にもなかったはず。
だとしたら、一体誰が赤い手形などつけたのか・・・。
不可解としかいいようがなかった。

奥さんの病室に戻ると、ベッドに奥さんの姿がなかった。お手洗いかと思ったが、いくら待っても戻ってこない。万全でない身体でどこかへ出かけたのだろうか。
携帯に電話をかけてみたがつながらない。
病院の職員の方も見かけていないという。
ホテルに戻ったのかと思い電話を入れてみたが、戻っていなかった。
病院の職員の方も一緒になって探してくれたけど、院内に奥さんの姿はなかった。
いったいどこへいってしまったのか。
その時、Bさんの脳裏に思い浮かんだのは不吉な赤い手形がついた納経帳だった。

Bさんは病院前でタクシーに乗り込み82番札所の根香寺に向かった。
時刻は深夜12寺を回っていた。
根香寺は山の中にあり近くに人家はない。
深夜ともなると、明かりも少なく山門前は不気味な感じがした。
運転手さんに待ってもらって、山門の中に入っていく。
根香寺は、門を入ったあとに下り階段があり、本堂の前でもう一度階段を上がるという特殊な構造をしている。
真っ暗な階段を下っていると、「うー」とか「あー」という人間のうめき声のようなものが聞こえてきた。
心臓が早鐘を打った。
木の根元にうずくまる人影があった。
Bさんの奥さんだった。
駆け寄り声をかけてみるが、「うー」と呻くだけだった。
奥さんは泣いていた。
奥さんのこんな姿を見るのは連れ添って40年以上経ってはじめてだった。
「どうしたんだ、どうしたんだ」
Bさんは狼狽してそう声をかけることしかできなかった。
・・・納経帳。赤い手形。
Bさんの脳裏に再びあの不吉な手形が浮かんだ。
アレが諸悪の根源なのではないか。
そう思ったBさんは、納経帳を取り出し、該当のページを開いた。
スマホの明かりで照らし出し唖然とした。
さっきまで一つしかなかった赤い手形が三つに増えていた。
しかも、よくみると、赤い手形はぬらぬらと生き物のように動いているではないか。
Bさんは、恐怖で全身が凍りつくかと思った。
急いで納経帳の根香寺のページを引き裂き、ライターを取り出して火をつけた。
考えてそうしたわけではない。
本能的な判断だった。
火は勢いよく根香寺のページを燃やし灰にした。
暗闇が再び訪れると同時に奥さんの呻き声がやんだ。
「あら、あなた、こんなところでどうしたの?」
正気に戻った奥さんが不思議そうな顔でBさんを見つめていた。
Bさんは腰が抜けるかと思ったけど、なんとかふんばって、奥さんを連れてタクシーに戻った。
タクシーに乗り込むと、運転手さんが強張った顔で言った。
「お客さんが入ったあと、お遍路の格好した人が何人も後を追うように入っていったんですが、会いましたか?」
Bさんはもちろんそんな集団とはすれ違っていない。
Bさんが何も返事をしないのでタクシーの運転手さんも察したようだった。
「こんな真夜中にお遍路なんておかしいなとは思ったんですよ」
運転手さんは、Bさんが行き先を告げる前に、車を発進させた。

奥さんの体調は、嘘のように快復し、翌日からお遍路を再開することができた。
そして、Bさん夫妻は44日で無事、巡礼を終えた。
奥さんは体調を崩したことも82番札所でのこともよく覚えていなかった。
ただ、いわれようのない悲しい気持ちを感じたことだけがおぼろげながら記憶にあるという。
一枚だけページがない奥さんの納経帳だけが、その時の恐怖を物語る証拠だ。
2人の納経帳は、同じ書棚に並んでいれているそうだが、不思議なことに、奥さんの納経帳だけ、時折、別の場所で開かれているのを発見するのだそうだ。
奥さんが思い出に眺めているのだと信じたい、とBさんは言っていた。

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