【怖い話】シェアハウス

 

「シェアハウス入居者募集。家賃1万円」
大学の掲示板でその張り紙を見かけた時は目を疑った。張り紙にはお洒落な一軒家の写真が載っている。ちょうど一人暮らしを始めようか悩んでいた私は、飛びつくように張り紙に記載された電話番号に電話をかけた。

その日の午後には物件を見にいくことになった。
大学から歩いて20分ほど。自転車を使えば数分だ。そんなことを考えながらたどり着いた家は写真の通りのお洒落な一軒家だった。
玄関までのアプローチはレンガで作られており、その両脇には花が活けられている。

出迎えてくれたのは、シェアハウスの管理人で法学部3年の岩脇さん(仮)だ。線が細いインテリっぽい雰囲気があるが、服にはかなり神経を使っているように見えた。笑うと目が線のようになる。女子は放っておかないタイプだろう。
共用部分や洗面所、お風呂を見学させていただいてから、今空いている部屋を見させてもらった。
一軒家の一室なので、部屋は6畳程度しかないけど、家賃1万円とは思えないほど、キレイだった。
私の心はほぼ固まっていたが、最後に聞いてみた。「どうしてこんな安いんですか?」
岩脇さんの顔に一瞬、険しいモノが走った気がしたが、次の瞬間には、また笑顔に戻っていた。
「ここのもともとのオーナーが高齢でね。自分では管理できないからって手軽な値段で貸してくれているんだよ」
「なるほど」
私はその場で契約を決めた。

引っ越して一週間。
シェアハウスでの暮らしにも少し慣れてきた。
入居者は、私を含めて全員で5人。
私と管理人の岩脇さん。
文学部2年の近藤さん(仮)。明るい茶髪に気が強そうなクリクリした目。私とは対照的な女性だ。
経済学部2年の阿部さん(仮)。
スラッとしたスポーツマンタイプ。
アパレル店員の中山さん(仮)は、1人だけ同じ大学の生徒じゃなかった。フワッとしたガーリーな服を着ていて、いつもニコニコしている。
みんな気さくで優しくて、すぐに馴染めた。
大学でサークルに入っていない私にとっては、
貴重な人づきあいができた。
共用部分で集まってみんなでお酒を飲んだり、朝まで語り明かしたり、まるで「テラスハウス」の住人になったような気分だった。

だけど、家賃の安さについてだけは誰に聞いても渋い顔をされた。
明らかに話をそらす人、誤魔化す人、反応は様々だったけど、このシェアハウスで家賃の話題はタブーのようだと悟った。

そんなある日のことだ。
その日、私は1人だけで、共用のリビングで大学のレポートを書いていた。

パタパタパタ

2階を人が歩く音が聞こえた。
みんな出かけているはずだし、2階に上がるには今私がいるリビングを通って階段にいかないといけない。
不思議に思い、2階に上がってみた。
廊下には人影はなく、個人の部屋にはちゃんと鍵がかかっていた。
それぞれの部屋のドアをノックしてみたけど、反応はなかった。

さらに、その数日後のこと。
お風呂に入って頭を洗っていると後ろに気配を感じた。
振り返ると、磨りガラスのドアの向こうに人影が見えた。
「誰?」と聞いても返事がない。
ドアを開けると、誰もいなかった。
お風呂を上がってリビングに戻ると、みんな何事もなく談笑していた。

また、ある時はこんなこともあった。
夜中、喉が乾いて、階段を降りて共用のキッチンへ向かうと、真っ暗なリビングのソファに人が座っていた。
背中を向けていて誰だかわからない。
寝ているのかな、そう思って冷蔵庫の飲み物を飲んで2階に戻ろうとすると、一瞬でソファの人影はいなくなっていた。

このシェアハウスは何かがおかしい。
でも、そう感じているのは私だけのようだった。
他のメンバーはおかしな現象を体験したこともないらしい。
事故物件なのではないか、それとなく管理人の岩脇さんに確認してみたけど笑われただけだった。

期末レポートやバイトに追われていたのもあって、余計に体力はすり切れていった。

ある日、バイトでトラブルがあって帰りが夜遅くなった。
迷惑にならないよう音を立てずに玄関の鍵を開けると、人の話し声が聞こえた。
忍び足で廊下を進む。
共用のリビングで、私以外のシェアハウスのメンバーが頭を付き合わせてヒソヒソと話し込んでいた。
しかも電気もつけずにだ。
囁きあっているので内容は聞き取れなかったが、今まで見たことがないメンバーの様子に胸がざわついた。

このシェアハウスの住人は何か隠している。
一旦疑い出すと、気になってしかたがなかった。
彼らの動向を、悟られないよう観察し始めた。
数日後、動きがあった。

深夜2時過ぎ、私以外のメンバーが部屋をひっそりと抜け出し、一階に降りていく音が聞こえた。
今日こそ彼らが何をやっているか突き止めよう。
私は時間をあけて階段を降りていった。
音を立てないよう気配を殺し一段一段気をつけて下っていく。
ところが、リビングには誰もいなかった。
誰も家を出た気配はなかった。
一階を慎重に探った。
すると、普段は鍵がかけられている物置の中から微かに声が聞こえた。
鍵は開いていた。
ゆっくり物置の扉を開いた。
物置と教えられていたのは、まったく違うものだった。
扉の先には、地下へ下る急な梯子階段があった。
声は地下から聞こえてくる。
行ったらいけない、見たらいけない。
切実に心はそう訴えていたけど、モヤモヤとする恐怖の正体を見極めたいという気持ちに負けた。
10段ほどの急な階段を降りると、10畳ほどの空間があった。
私は自分の目を疑った。
ロウソクの火に照らされた空間は、壁一面にお札が貼られていた。
黒装束に身を包んだシェアハウスのメンバーが奥に鎮座した像に一心に祈りを捧げていた。
像は、口から鋭い牙を生やし、目が飛び出した化け物だった。
見たことがない造形だけど、邪悪でまがまがしい雰囲気を放っていた。
その時、シェアハウスのメンバーがクルリと振り返って、私にニヤリと笑いかけてきた。
みんな気味の悪い化粧を顔に施していた。

私は叫び声を上げて、地下室から逃げた。
後ろから声が追ってくる。
逃げ道は二階の自室か、玄関。
私は玄関に逃げ、靴もはかずにシェアハウスを飛び出した。
幸いスマホと財布は持っていたので、実家に連絡し迎えにきてもらった。
理由も話さずに泣きじゃくる私に母親は「一人暮らしなんてあんたには早かったのよ」と言った。

実家に戻って数日。
気力を振り絞り、大学に復帰した。
何事もなかったようにキャンパスライフを送る周りの学生達を横目に私は一人、別世界に迷い込んでしまったような感覚になった。
あのシェアハウスで何が行われていたのか、想像は色々膨らんだけど、考えないように努めた。それが自分のためだと思った。
幸い、マンモス大学なので、シェアハウスの住人と顔を合わせる確率がほとんどないのが唯一の救いだった。
構内を歩いていた私は、掲示板の前でふと足を止めた。
「シェアハウス入居者募集。家賃1万円」
そう書かれた紙切れが風に吹かれパタパタと音を立てていた。

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