これは数年前、岐阜県の下呂温泉で体験した怖い話です。
私は、当時付き合っていた彼氏と1泊2日で下呂温泉の旅館に旅行にきていました。
その旅館は、丘の上にあり、眺めはとてもよかったのですが、
築年数が古く、いかにも何か出そうに見えました。
部屋は10畳程度の和室で、壁や柱は煤けていて年代を感じましたし、
水回りはカビっぽいニオイがしました。
それでも、滅多に来れない旅行でしたので、
解放的な気分になっていました。
その旅館は、貸切露天風呂を売りにしていて、
私達は夕飯を食べ終えるとさっそく貸切露天風呂に入りにいきました。
案内にある通り、旅館を出て山道を下っていきましたが、
道中、電灯がほとんどなくちょっとした肝試しのようでした。
ようやくついた貸切露天風呂は木を組んで作られたロッジ風の建物で、
簡単な脱衣所を進むと岩を組んで作られた露天風呂がありました。
露天風呂のすぐ目の前には渓流が流れていて野趣溢れる造りでした。
2人で、歩いた甲斐があったね、と話しながら露天風呂に浸かり、
旅の疲れをほぐしました。
ところが入ってから数分経った頃、私はギョッとしました。
「ねえ!あそこに誰かいない?」
露天風呂の目の前を流れる渓流の向こう岸に人影が見えたのです。
お風呂の前には衝立があったので、
向こうからお風呂の様子はわからないと思いましたが、
気分がいいものではありませんでした。
「えぇ、人なんているか?」
「ほら、あそこ」
私が指を差して教えても彼氏は気づいていないようです。
貸切露天風呂には電灯がなく、ほとんど暗闇だったので、
私にもはっきり見えていたわけではないのですが、人影のように見えました。
せっかく気分よく温泉に入っていたのに、
気分が盛り下がってしまい早々に温泉から上がりました。
着替え終わって貸切温泉の建物を出たところで、
彼氏が記念に2人で自撮りを撮影しようと言いました。
スマホのカメラを自撮り用にして何枚か撮影しました。
その時は特に変なことはなかったのですが、
部屋に戻ってからさきほど撮影した写真を確認していた彼氏が声をあげました。
私と彼氏が並んで写っている後ろに、カメラを覗いている3人目の人物がはっきり写っていたのです。
どこか恨めしそうな目をしたその女性は、旅館の仲居さんたちと同じ作務衣を着ていました。
すぐに写真データは削除しましたが、その夜はなかなか寝付けませんでした。
ようやくウトウトし始めた時、物音が聞こえたような気がしました。
寝ぼけまなこで音がした方を見ると、
旅行用のカバンをガサガサしている影がありました。
こんな夜中に彼氏が何か探しているのだと思い声をかけようとしたのですが、
当の彼氏は私のすぐ横でスヤスヤ寝息を立てているのに気づきハッとしました。
影をよく見ると、仲居さんの格好をした女性でした。
あの写真に写り込んだ女性だ・・・。
心臓が跳ね上がりそうな恐怖を感じました。
女性はスッと立ち上がるとこちらに向き直りました。
私は布団を頭の上まで被り、目をつむりました。
スッスッと畳を擦って歩く音が近づいてきます。
私の頭のすぐ横で足音が止まりました。
怖くて目を開けられませんでした。
ウーウーと唸っているような嘆息を、布団越しに感じました。
お願いどこかに行って!
私は祈りました。
・・・覚えているのはそこまでです。
気がつくと朝になっていました。
昨日のアレは悪い夢だったのか。
そう思い旅行カバンを確認して私は絶句しました。
引っ掻き回されたみたいに中の荷物がぐちゃぐちゃになっていて、
草や泥が絡みついていたのです・・・。
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