【怖い話】幽霊物件の秘密

 

これは僕が数年前まで住んでいたマンションの話です。

その賃貸マンションは築年数が古いぶん家賃が安かったので、安月給の会社員の身としては助かっていました。
立地も駅から離れておらず、なによりコンビニがすぐ近くにあったのが便利で、もうかれこれ5年以上住んでいました。

友達を連れてきた時には、ロビーの薄暗さやボロボロの郵便受け、ガタガタいうエレベーターに、だいぶ不安を感じたみたいですが、住んでいるとあまり気にならないものです。

・・・様子がおかしくなったのは6年目の冬でした。

夜寝ていると、隣の部屋から女の人の泣き声が聞こえるようになりました。
一晩なら我慢できますが、毎晩毎晩続くので、さすがにと思って、不動産管理会社に苦情の電話をいれたのですが、
「あの、お隣は両方とも空き部屋なんですが・・・」
と不思議そうに言われました。
それまで心霊現象になど遭遇した経験がなかったので、僕もどう受け止めればいいのかわからず、結局、耳栓をして寝るという物理的な方法で対処することにしました。
けど、それで終わりではありませんでした。

ひと月も経たずに今度は異臭騒ぎが起きました。
ある日を境に、腐った生ゴミのような臭いが部屋に入るようになり、窓をしめてもダメでした。
同じマンションの人と臭いの元を探したりもしましたが、わかりませんでした。
マンション全体がその臭いに包まれているようでした。

その時に、他の部屋でも奇妙な現象が起きているのを知りました。
お風呂の蛇口から泥水のような水が出たり、どこからともなくお経のような声が聞こえたり。
すでに、何組かは引っ越しをしているのだといいます。

今までは何も問題なく暮らせていたのに、なぜ急に奇妙な現象がたて続けに起き始めたのか不思議でなりませんでした。
きっかけになるような大きな事故などがあったわけでもありません。

引っ越し業者を多く見かけるようになり、反比例するように、マンションの住人を見かけなくなりました。
僕の部屋でも、泥水が蛇口から出てきたり、
お経が聞こえてきたりという現象が起きるようになりました。
周りの人からは、早く引っ越した方がいいとアドバイスされましたが、僕は残りました。
安くていい物件がなかなか見つからなかったのもありますが、わけもわからず追い出されるように引っ越すのが嫌だったので、半分は意地でした。

とうとう夜に明かりがついているのは僕の部屋だけになりました。
僕が最後の住人になってしまったようです。

自分も引っ越した方がいいのではないかという思いと、何が何でも残ってやるという気持ちがグラグラと揺れる日が続きました。

そんなある日のことです。
仕事から帰り、マンションのロビーに入ると、エレベーター前に女性の背中が見えました。
新しい住人だろうか、はじめはそう期待したのですが、どうも様子がおかしいのです。
女性は極端に猫背で、エレベーターを呼び出すこともせず、ただ立っていました。
その時、蛍光灯が明滅しだして、弾けるようにロビーの電気が消えました。
急に視界が真っ暗になり、僕はパニックに陥りました。
とりあえず壁を探そうと、手を回しました。
ふいに手首を誰かにつかまれ、ものすごい強さで引っ張られました。
僕は慌てて振りほどきました。
数秒後、電気がつきました。
エレベーター前の女性は消えていました・・・。

僕はいよいよ引っ越しを決めました。

荷物を積んだ引っ越しのトラックを見送った後、最後にマンションを眺めました。
こみ上げてくるものを感じ、寂しさが胸をつきあげました。
やはり愛着があったのだなと思いました。

その時、スーツの男の人達がマンションから出てきました。
不動産管理会社の人達でした。
感傷に浸っていると思われるのが嫌で、僕は駐輪場の方に身を隠しました。

管理会社の人達は、僕に気づかず、マンション前でタバコを吸いながら雑談を始めました。
「これで全員か。ばあさんも、ようやく諦めて交渉に応じるだろう」
「部屋を借りる人間がいなければ、不動産を手放して、再開発に応じるしかありませんからね」
「俺達の残業活動が報われたな」
「お化け屋敷のコンサルでも始められそうじゃないですか」
「実績はマンションから住人全員追い出しましたってか」

二人の高笑いが聞こえました。
話から推測するに、このマンションのオーナーがこの辺りの再開発に反対していて、二人はオーナーが反対を続けられないよう、故意に幽霊騒ぎを起こして住人を追い出したようでした。
それが事実だとしたら、とんでもない話です。

僕は、警察なり民事裁判なりに訴えてやろうと思い、弁護士事務所に相談に行きましたが、ハードルが高いから告訴はやめた方がいいとアドバイスされました。
今の状況では管理会社の職員の会話からの推測にすぎず、物的証拠が何一つないこと。
不動産管理会社の人間は、のらりくらりと言い逃れるだろうし、再開発が絡んでるのであればバックに大勢の人間がついているだろうこと。
証拠集めや、昔の住人からの聞き取り。
勝つためには途方もない労力と時間とお金がかかるから、それだけの覚悟がないのであれば忘れた方がいいと言われました。

僕はモヤモヤしながらも、訴えを諦める道を選びました。

あっという間にマンションは取り壊されて、一帯の再開発がはじまりました。

僕は2駅離れた街で新しい暮らしを始めました。

もともと住んでいた場所に新しい高層マンションが完成したのは、つい先日のことです。
嫌な記憶がよみがえるので、建物を見るのも嫌だったのですが、奇妙な噂が耳に入ってくるようになりました。

「あのマンション出るらしいよ・・・」

次々と退去者が出る事態に発展しているそうで、噂のせいで新しい買い手もつかず、
新築なのに空き部屋だらけだそうです。
でも、不思議でした。
以前の幽霊騒ぎは、不動産管理会社や再開発を計画していた人が仕組んだ嘘だったはずです。
当時の幽霊騒ぎが尾を引いて、新しい建物になっても噂が残ったのでしょうか。
・・・それとも、偽の幽霊騒ぎなんて起こしたせいで、ホンモノの幽霊を呼び出してしまったのでしょうか。

どちらにせよ、因果応報だなと思い、今はすっきりしています。

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