【怖い話】指名客

2019/03/25

 

美容師にとって指名客は、給料にも響く大事なお客さんです。
美容師であれば誰もが、指名客を取ろうと熱心にサービスをし、愛想を振りまくものです。
けど、それが行き過ぎると、時に恐ろしい出来事を招いてしまうこともあります。
これは、以前働いていた同僚のYちゃんの身に起きた怖い話です。

Yちゃんは、3年目の中堅美容師でした。
私はYちゃんより1年ほど先輩だったので、Yちゃんの教育係的な立場でした。
Yちゃんは、よくいえば天真爛漫で、お客さんともすぐに打ち解けてしまう子でした。
うちのサロンはメンズカットも推していて、Yちゃんの指名客は男性が大半でした。
カットの技術というよりは、Yちゃんはボディタッチとかを自然にしてしまので、Yちゃんの接客目当てのように私には見えました。
あまりそういうことをしすぎると勘違いさせてしまうよと、何度か注意したのですが、なかなか癖は直るものではありません。

やがて懸念していたことが起きました。

Yちゃんの指名客にSさんというお客さんがいました。
Sさんは、聞いたところによれば商社に勤めている方らしく、いつも来店する時はスーツでした。
そんなSさんが何度か通ううちにYちゃんに熱を上げてしまい、頻繁に店を訪れてはYちゃんにLINEを聞いたりデートに誘うようになったのです。
Yちゃんから、どうすればいいか相談を受けましたが、Yちゃんにも原因があると思った私は、ちゃんと断りなよ、と少し突き放すように言いました。
その後、Yちゃんは、LINEを教えたり個人的なやりとりはお店に禁止されているからとそれとなくSさんに告げたようですが、Sさんは身を引くどころかさらにエスカレートしていきました。
来店頻度も上がり、店を訪れるたび、Yちゃんに花やアクセサリーなどのプレゼントを持ってくるようになりました。
その執着ぶりはもはやストーカーでした。
けど、店からすればお金を落としてくれる、いいリピーターです。
店長も、なかなか強くSさんにやめてくれとは言えずに頭を悩ませていました。

そんな、ある日、Yちゃんが無断欠勤しました。
ちょうどSさんの予約が入っている日でした。
ついに我慢の限界が来たのだと私や同僚は思いました。
SさんはYちゃんが出店していないと聞くと、この世の終わりのような顔をして、帰っていきました。
Yちゃんの無断欠勤は続き、挨拶もないまま退職となりました。
私も何度かLINEでメッセージを送ったのですが、既読がつくことはありませんでした。
なんだかモヤモヤする終わりでしたが、Yちゃんのストレスをわかってあげられてなかったのかと反省する思いもありました。

Yちゃんが退職して1年ほど経ちました。
Sさんは、Yちゃんが退職して以来、1度も店に来ることはありませんでした。
けれど、職場が近くなのか、ランチ休憩時など、時折、街を歩くSさんを見かけることがありました。
新しい店をさっそく見つけたのか、髪は頻繁にカットしているように見えました。

そんなある日、珍しく、飛び込みで指名のお客さんが入りました。
滅多なことで初回のお客さんが指名をすることなどありませんから、昔の知り合いだろうかと思いながら、席に向かって私は驚きました。
その指名客は、Yちゃんだったのです。
Yちゃんは、1年ですっかり様子が変わってしまいました。
ショートボブだった髪は、1年間、1度も切っていないのか腰のあたりまで伸びていました。
艶があった髪はボサボサに痛んでいるのが一目でわかりました。
目の下には濃いクマができて肌も荒れていました。
「Yちゃん・・・」
聞きたいことは山ほどあったのに、言葉が見つかりませんでした。
「店長が心配していたから呼んでくるね」
店長が心配していたのは事実でしたが、その時はその場から逃げ出したい気持ちの方が勝っていたと思います。
ところが、事務所にいた店長を呼んで戻ってくると、席にYちゃんの姿はありませんでした。
忽然と消えてしまっていたのです。

店長は私の見間違えだと言いましたが、私はそう思いませんでした。
あれは確かにYちゃんでした。
私に、何か伝えたいことがあったのかもしれない。
私はいてもたってもいられずお店で保管されているデータからYちゃんの緊急連絡先の実家の電話番号を見つけだし、連絡をしてみました。
Yちゃんは家族とは疎遠だったらしく、1年以上、家族とも連絡を取っていないようでした。
店を辞めたことも寝耳に水だったようです。
その電話でご家族はYちゃんと連絡を取ることを約束してくれました。

数日後、驚くべき連絡がご家族から入りました。
Yちゃんはご家族にも知らせず、住んでいたアパートを引っ越していたのです。携帯電話の番号も変わっていて、ご家族もまだ連絡が取れていませんでした。
アパートの大家さんに話を聞くと、アパートの解約引き渡しに立ち会ったのはYちゃんではなく代理の男性だったそうです。
ご家族は、警察に相談することを決めました。

そしてさらに数日後、事態は急変しました。
Yちゃんが無事保護されました。
・・・Sさんの自宅マンションから。
警察の人がYちゃんの足取りを追って、監視カメラから最後に接触した人物として浮かび上がったのがSさんでした。
Yちゃんは、Sさんの自宅マンションに1年もの間、監禁されたいたのです。
Yちゃんが初めて無断欠勤した日、すでにYちゃんは攫われていました。
Sさんは、疑われないよう予約したとおりに来店し、アリバイ作りまでしていました。

しばらくして、入院しているYちゃんをお見舞いにいきました。
ベッドで寝ているYちゃんは、私を指名して来店した時と全く同じでした。
ショートボブだった髪は、1年間、1度も切っていないのか腰のあたりまで伸びていて、艶があった髪はボサボサに痛み、目の下には濃いクマができて衰弱しきっていました。

あの時、Yちゃんが私を指名して来店したのは、きっとYちゃんからの助けてのシグナルだったのだと思っています。

その後、Yちゃんは元気になりましたが、美容師に戻ることはありませんでした。

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