【怪談】【怖い話】死者を呼ぶ

 

幸せ絶頂での旦那さんの自殺。
それは、Sさんにとって、とてもじゃないけれど、受け入れられるものではなかった。
仕事をセーブして子供を作ろうとも話していたし、2人でやりたいことがいっぱいあった。
Sさんに打ち明けられなかった苦悩や大病があったのではないか、そう思って、旦那さんの部屋を何度も何度も捜索したけれど、ヒントになるメモの一枚も出てこない。

理由がわからないことがSさんを苦しめ、罪悪感をより一層かきたてた。
食事は喉を通らず、眠れない日々が何日も続いた。

何人ものカウンセラーに相談してもSさんの求めている答えは得られなかった。
占い師に相談してみたこともあった。
でも、いくら高いお金を払っても、救いはなかった。

どうして私を置いて死んでしまったの。
自死のワケを知りたい気持ちは日毎募った。
・・・そうだ、わからないなら本人に聞けばいい。
心のバランスを崩したSさんはついに降霊術という手段を思いついた。
非科学的なことは大嫌いだったけど、自分の信念を曲げてでも答えを欲していた。

昔から何事も凝り性のSさんは、ネットや文献を徹底的に調べ、西洋の降霊術の知見を手に入れた。

蝋燭の明かりだけにしたダイニングテーブルで、文献に載っていた呪文を唱える。
しばらくは何も起きなかった。
フッと蝋燭の火が消え暗闇に包まれた。
目が暗闇に慣れてくると、ダイニングから廊下に続くドアのところに人のシルエットが見えた。
見間違えじゃない。
それに気配を感じる。
「あなた?あなたなの?」
シルエットは動かない。
「あなたなら何か合図して」
空気が動き、閉め切った部屋の中にどこからか風が吹きつけた。
カタカタと音が聞こえた。
パリン。
ガラスが割れる音がした。
「どうしてあなたは死んでしまったの?ねえ、教えて!お願い」
途端に人の気配が消えた気がした。
消えていた蝋燭の火がパッとついた。
棚に飾られた写真立てのガラスに亀裂が走っていた。
中には、Sさんと旦那さんが新婚旅行でハワイに行った時の思い出の写真が入っていた。

なぜ写真立てが割れたのか。
旦那さんの不可解なメッセージに、答えが得られるどころか余計に頭がこんがらがるばかりだった。
毎日、Sさんは降霊術を行った。
旦那さんは、何かしらコンタクトを取ってきてくれた。

ある時は食器棚を揺らしてくれたり、またある時は椅子を動かしてくれたり、ある時などは耳の後ろから吐息をかけてくれた。
日毎、旦那さんの存在を強く感じるようになっていた。
けど、「なぜ自殺したのか」という質問には一向に答えてくれなかった。
本人にも理由がわかっていないのか、Sさんは頭を悩ませる日々が続いた。

そんなある日、異変は起きた。
いつものように降霊術をして旦那さんに語りかけていると、いきなり後ろ髪を強い力で引っ張られた。
危うく椅子から転倒しかけた。
息を整え、落ち着きを取り戻すのに数分かかった。
その時、Sさんは初めて疑問に思った。
自分が呼び出している霊は本当に旦那さんなのだろうか。
霊からは明らかな悪意を感じた。

翌日、Sさんは降霊術で旦那さんを呼び出すのをやめた。
昨夜の出来事が引っかかっていた。
部屋で本を読んでいると友人から電話がかかってきた。
Sさんを心配して電話をかけてきてくれたのだ。
友人と話すうち、Sさんの心の靄は次第に晴れていった。
電話を終える頃には、旦那さんの死とちゃんと向き合って現実を受けとめて前に進まないとという気持ちになっていた。
降霊術なんて自分らしくない。
Sさんは、昨夜の出来事もあり、降霊術の道具を全て処分することにした。
買い集めた本やグッズ、怪しい道具など全てゴミ袋に詰め込んで集積場に捨てた。

翌朝目を覚まして、Sさんはギョッとした。
ベッドの掛け布団の上に、昨日捨てたはずの降霊術のセットがずらりと並んでいたのだ。
もちろんSさんの仕業ではない。
どうして・・・。
Sさんはパニックを起こして、再びゴミ袋に降霊術セットをまとめて投げ入れた。
ゴミ袋の端をきつく固結びにしてほどけないようにして、集積場に捨て、ゴミ収集車が回収するまで見守った。

これで問題ないだろう、そう思って、その日の夜に自宅に帰ると、ダイニングテーブルに降霊術セットが置かれていた。
まるでSさんを待ち構えていたかのように。
Sさんは、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。
旦那さんが、降霊術をやめたことを怒っているのだろうか。
いや、違う。
冷静に考えればわかることだ。
呼び出していたのは旦那さんなどではない。
何か別の存在。
'ソレ'が怒っている。
呼び出してはいけなかったモノを呼び出してしまったのだ。

Sさんは文献で、呼び出した霊を戻す方法を調べようとした。
ところが、文献を繰っていると、いきなり本が閉じた。
何度トライしても同じだった。
何か邪悪な力がSさんを邪魔していた。
Sさんは、文献や降霊術の道具を全て庭に出し、キッチンから油を持ってきてかけていった。
炎には浄化する力があると何かの文献で読んだ気がした。
全て燃やしてしまえばおかしな霊現象は収まるのではないか。
そう考えた。

しかし、突然、金縛りにあったようにSさんは身動きができなくなった。
意思とは裏腹に手が動く。
油を手に取り、自分の頭から注ぐ。
抵抗しようとしても抗えない。
やめて、やめて・・・!
心の叫びは声になってくれない。
何かの力に操られSさんはマッチに手を伸ばし、こすって火をつけた。
やめて、やめて!
真っ赤な炎が目と鼻の先にあった。
恐怖が全身をつらぬいた。
その時、別の力がSさんの手を引っ張り、その勢いでマッチが手から離れた。
宙を舞って、マッチの炎は降霊術セットに火をつけ、勢いよく炎があがった。
火が爆ぜる音が、まるで悪魔の悲鳴のように聞こえた。

まだくすぶる燃えカスを前にしばしSさんは呆然とした。
最後にSさんを助けてくれたのは、旦那さんだったのだろうか。

しばらく庭でボーッとしていると、スマホが鳴った。
友人からだった。
Sさんを心配してまたかけてきてくれたのだろう。
着信を取る。
「・・・もしもし?」
「・・・もしもし?S?」
「うん」
「・・・今どこにいるの?」
「家だけど」
「もしもし?よく聞こえないわ。どこか出かけてるの?大勢の声が後ろから聞こえるけど」

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