30歳の誕生日当日の朝。
差出人不明の荷物が郵便ポストに入っていた。
伝票もなく包装紙に俺の名前が書かれているだけ。
直接、ポストに投函されたものらしい。
・・・なんだろう?
自宅に戻って開封してみると、ギフトボックスにバースデーカードとひと昔前の漫画が入っていた。
黄ばんでいて、どう見ても古本だった。
薄気味が悪かった。
「どうしたの?」
ハッと顔を上げると妻が立っていた。
事情を説明すると、妻も「気味が悪いわね」と言った。
「捨てちゃったら?」
「大丈夫かな?」
「心当たりないんでしょ?」
その時、頭に雷が落ちたような衝撃があった。
『これ、おもしろいから、読んでみてよ』
声変わりしていない懐かしい声が何度も頭の中でリピートされた。
俺は慌てて漫画のページをめくった。
・・・間違いない。
見覚えがあるチョコレートの染み。
俺がつけたものだ。
「持ち主を思い出した」
「え?」
「小学生の同級生だ。俺がこの漫画好きだったから贈ってくれたのかも」
「なんだ」
妻には適当に言い繕って自室に戻った。
持ち主は彼に間違いない。
・・・でも彼がこの荷物を送れるわけがない。
俺は電話帳で今でもやりとりが残っている小学校の同級生を呼び出し、電話をかけてみた。
だが、こんな時に限って、誰も繋がらない。
スマホをデスクに放り投げ、途方に暮れた。
トシ。彼はそう呼ばれていた。
あどけなく純真な顔を思い出す。
純粋とは彼のような人間を言うのだろう。
それが一部のクラスメイトには鼻についた。
ちょっかいと言えば聞こえはいいが、実態はほぼいじめだった。
ある日、トシは行方不明になった。
自宅にもかえらず1週間以上が経ち、ようやく山裾にある廃工場の倉庫で冷たくなっているのが発見された。
衰弱死だった。
入りこんだ倉庫の鍵が壊れていて出られなくなってしまったのだ。
警察は事故死と断定した。
だけど、クラスのみんな内心は疑っていた。
誰かがトシを閉じ込めて殺したのではないか、と。
5年ぶりの地元は、一面の雪景色だった。
5年前よりさらに衰退したような気がする。
俺は贈られてきた漫画本を手に、懐かしい景色を歩いた。
目指す場所はトシの実家。
トシの持ち物が贈られてきたのだ。
トシの家族が関わっていないわけがない。
何らかの事情は知っているはずだ。
トシのお葬式の時、嗚咽をこらえきれず泣き出していたご両親の姿を思い出した。
記憶を頼りにトシの家があった住所にたどり着いた。
しかし、家は廃墟と化していた。
窓ガラスは破れ、屋根瓦が吹き飛んでいる箇所があった。
通りがかった人に尋ねてみた。
「こちらの家はもう誰も住まわれてないんですか?」
「何十年も誰も住んでないよ。早く壊せばいいのに家主が売らないんだ」
「ここに住んでいたご家族が今どこにいるかご存じですか?」
「いや、知らないね」
通行人に謝意を告げると、俺は廃墟と化したトシの家に入っていった。
何かアテがあったわけではない。
早くもつまづいて、どうしたらいいのかわからなかったのだ。
家の中は底冷えするような寒さだった。
嵐が襲ったように散らかっている。
俺はトシの部屋がある2階に上がっていった。
仲が良かったわけではないが一度だけ遊びに来たことがある。
一緒にゲームをしたり、漫画を読んだのを覚えている。
正直に言えば俺はトシが好きだった。
だけど、仲良くするわけにはいかなかった。
トシと仲良くすれば、俺にも”ちょっかい”が
始まっただろうから。
トシのことを考えると胸が苦しくなった。
罪悪感なのだろうか。
俺がもっと強ければ・・・。
そう思わずにはいられない。
トシの部屋にたどりついた。
ドアを開けた瞬間、鼻がもげそうな異臭がした。
中は真っ暗だった。
スマホのライトをつけた。
・・・言葉を失った。
同級生と連絡が全くつかなかった理由がわかった。
彼らは全員死んでいたのだ。
部屋に折り重なるように死体の山ができていた。
全員トシが死んだ時のクラスメイトだっ。
キィィ・・・バタン!
後ろでドアがしまる音がした。
ガチャガチャ、カチリ。
誰かが外から鍵をかけていた!
俺は慌ててドアを叩いた。
「おい!おい!開けろ!」
反応はない。
ドアに体当たりした。
衝撃が自分の身体に返ってきただけだった。
助けを呼ぼうとスマホを見た。
だけど、画面をいくらタッチしても何の反応もなかった。
さっきまで問題なく動いていたのに、急に
電話もアプリも反応しなくなった。
突然、スマホのライトまで消えてしまった。
完全な暗闇に取り残された。
俺は発狂しそうになった。
異臭でまともに息もできない暗闇に俺は閉じ込められたのだ。
「誰か助けてくれ!」
力の限りに叫んだけど、返事はなかった。
一体誰がこんなことを・・・。
トシの死を疑問に思った遺族の復讐なのか。
犯人がわからないから、かたっぱしからクラスメイトをこの部屋に閉じ込めて、トシと同じ方法で殺しているというのか。
その時だった。
フフ・・・。
ドアの向こうから、声変わりしていない懐かしい笑い声がした。