【怖い話】僕は幸せ #208
僕は幸せだ。
待ち合わせの駅に降り立った時、はっきりとそう思った。充足感があった。
「あの・・・アンケートに協力いただけませんか?」
駅前のロータリーで突然、声をかけられた。
同年代くらいの女性だった。
髪はボサボサで化粧気がほとんどない。
宗教の勧誘か怪しい商品でも買わせようというのか。
僕は、目をそらして、無視すると、女性は媚びるような微笑みを浮かべて去っていった。
まったく、ああいう輩には困る。
利用されていることにも気がつかず、変な集団に協力しているのだから。
無知にもほどがある。
普段なら、腹を立てているところだが、今日は、気にかけるのももったいないと思って、頭の中から追い出した。
駅前の広場の街路樹の下に彼女が背中を向けて立っていた。
くすんだ景色の中、彼女が立っている場所だけ、輝いて浮かび上がっているように見えた。
「お待たせ」
僕は声をかけた。
彼女が振り返る。
くっきりとした人形のような目にプルンとした唇。
彼女のとろけるような笑顔を見るために、僕は生まれたのかもしれない。
僕は幸せ者だ。
A子に出会ったのは2ヶ月前。
偶然だった。
クライアントへの営業を終えて、
一息つくためにカフェに入った。
席を探していたところ、ちょうど席を立った女性がいたので、
空いた席に入れ違いに座った。
すると、テーブルに携帯電話が置きっぱなしになっていた。
すぐに後を追って表に出たが、女性は人ごみに紛れてしまっていた。
どうしようかと思ってしばらく待っていると、
その携帯電話に、公衆電話から電話がかかってきた。
「もしもし?」
女性の荒い息遣いが聞こえた。
「あの、私、その携帯電話の持ち主なのですが・・・」
カフェで預かっていると告げると、
その女性は「よかったぁ。ありがとうございます。今から取りにうかがいます」
と言って電話を切った。
15分後、携帯電話を取りに現れたのがA子だった。
一目見て、僕は、A子に恋に落ちてしまった。
A子は、お礼がしたいと言った。
僕は、だったらランチを一緒にいかがですか?と誘ってみた。
A子は、喜んで付き合ってくれた。
弾けるような笑顔だった。
別れ際に連絡先を聞くまでこぎつけた。
それから、何度かデートに誘った。
まだ正式に交際を申し込んだわけではないけど、僕はこの人と結婚する、そんな気がした。
A子に出会って、モノクロだった僕の世界が色づいた気がした。
駅でA子と待ち合わせると、タクシーでイベント会場に向かった。
参加してみたいイベントがあるので一緒に行かないかとA子から誘われたのだ。
A子が行きたいところなら、僕は地の果てでもいくだろう。
15分ほどでイベント会場に到着した。
会場に入ると大勢の人がいた。
テーブルには豪華な料理が並んでいた。
立食パーティーだろうか。
ステージの上に"○○の会"という団体名が入った吊り看板が掲げられていた。
今、規模を拡大している団体だと新聞で読んだことがある。
A子が、弾けるような笑顔で僕を見つめていた。
「アンケートにご協力いただけませんか?」
カップルに声をかけると、汚いものでもみるように僕を一瞥して去っていった。
「なに、あれ。カルト?」
女が言ってるのが聞こえた。
何とでも言うがいい。
お前らのような、つたない絆で結ばれたカップルに何を言われようが構わない。
僕には最愛の人がいるのだから。
・・・僕は幸せだ。