第134話「死者の花嫁」

一報が届いたのは夜の11時だった。
同級生のA君が亡くなった・・・。
交通事故だという。
A君とは小学校から高校まで一緒で、仲の良いグループでよく遊んだりしていたけど、私が都内の短大に進学して一人暮らしをはじめてからは、疎遠になっていた。
私は連絡をもらってすぐに故郷のK町に帰ることにした。
小さい町だし、私の両親もA君のことはよく知っていたから、私が帰ると母は泣きながら私を抱き締めてきた。
その夜、A君と仲良く遊んでいた頃の思い出が蘇り、私は布団の中で泣いた。

翌日、お通夜に向かうと、懐かしい同級生の顔がたくさんあった。
だけど、再会を喜べはしなかった。みんな悲しみに暮れていた。
A君はそれだけ愛されていたのだ。
明るく真面目で気が優しい男の子だった。

お通夜が終わり、同級生たちが解散し始めると、A君のご両親が私のところにやってきた。二人とも気丈に振るまっていたけど、目には泣き腫らした跡がはっきり残っていた。
「Bちゃんね?」
面識はなかったけど、ご両親は私の名前を知っていた。
「少しお話させてもらえないかしら?」

案内されたのは斎場の隅の応接スペースだった。席につくなりA君のお母さんが、小さな箱をテーブルに出した。中には写真の束が入っていた。どれもA君の懐かしい写真だったけど、一枚二枚と見ていくうちに、私は困惑を隠し切れなくなった。
・・・どの写真にも私が映っていた。
「Aはね、ずっとあなたのことが好きだったのよ」
ガツンと頭を殴られたような衝撃があった。
彼はそんな素振りを少しも見せなかった。
「まさか、そんな」と内心、思いながらも、写真が事実を告げている。
私は今までA君を異性として意識したことはなかった。けど、だんだんと世の男の人がどんなものかわかってくると、A君のような真面目な人が旦那さんだったらなとは思う。
「折り入って相談があります」それまで黙っていたA君のお父さんが静かに口を開いた。
写真集のような冊子を見せられた。
正装した男女の写真が何組か写っている。
結婚式の案内?けど、何か違和感がある。
「・・・死後結婚をご存じでしょうか?」
死者の結婚式を執り行う風習があるというのは、テレビで見たことがあった。
冊子の写真はどれも目をつむっているのは、死んだ後に結婚式を挙げた写真だったからなのか。
「あなたとAとの結婚式を執り行わせてもらえないだろうか」
「もちろん、形だけの式でいいの。本当に籍を入れる必要はない。それだけでも、あの子は浮かばれる気がするの」
私は返事に困った。A君は大切な友達だ。彼のためにできる限りのことをしたいと思う。けど、死後結婚という浮世離れした話をすんなり受け止めるのは難しかったし、フリだとしても結婚をするのは抵抗があった。
「・・・少し考えさせてください」
私はそう言って、話を持ち帰ることにした。

親に相談すれば反対されるに決まっている。
かと言って、無下に断るのも気が引けた。
私が大丈夫なら、すぐにでも式を執り行う準備ができているという。
引き受けるなら私が東京に戻る前だろう。
一晩中寝ないで考えた。
朝方、A君の家に電話を入れた。
待っていたかのようにすぐに電話は繋がった。
「・・・お引き受けします」
「ありがとうございます」受話器の向こうから何度もそう聞こえた。

式は葬儀の翌日行われることになった。
私は人生初の白無垢を着た。
形だけとはいえ、結婚式を上げるのだから複雑な気持ちだった。
A君のご遺体は火葬されることなく保存されていた。
死化粧を施されたA君はとても綺麗な顔をしていた。
彼の気持ちをもっと早く知りたかった。そうすれば、もしかしたら・・・。
叶わぬ想像が頭を巡った。
私はA君のご遺体の横に寝そべった。
写真を撮影され、神主さんが祝詞を唱えた。
式はあっという間に終わり、私とA君は今生では結ばれない夫婦となった。

東京に戻ってしばらくすると、A君のご両親が私のアパートを訪ねてきた。
死後結婚式の写真ができたので、わざわざ持参してくれたのだった。
袴を着たA君と白無垢の私は夫婦そのものに見えた。
その時、ふと、気がついた。
「・・・そういえば、私、ここの住所をお伝えしていましたっけ?」
スッと空気が変わった。
穏やかだった二人の顔が、強張った笑顔になった。
「・・・まだ、式は終わりじゃないんですよ」お父さんが言う。
「一人じゃAが可哀想でしょう。向こうでAがあなたを待ってるの」
2人が取り出したのは包丁だった。
二人の顔がぐんぐんと迫ってきた。
その顔は、私の死を心から祝福していた。

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