第27話「狂った果実」

2016/08/31

これは、僕が小学校5年生の時に体験した恐ろしい話だ。

ある日の帰り道、僕は、クラスで一番仲がよかったウメちゃんと通学路にある山に立ち寄った。
標高は500mほどしかない小さな山なのだが、アスレチックやちょっとした渓流なんかがあって、子供が遊ぶにはもってこいの場所だった。
その日は、二人で藪を掻き分け新しい遊び場を開拓しようとしていた。
道なき道を突き進む、ちょっとした探検家気分だった。

しばらく進むと、開けた場所に出た。
「おい、あれ見ろよ」そう言って、ウメちゃんが杖代わりにしていた枝を向けた先には、赤い実をつけた草が群生していた。
見た目はキイチゴのようだったが、僕の目には赤色が毒々しく見えた。
ウメちゃんは、実を一つもぎって食べようとしている。
「毒あるかもしれないよ」僕は心配して言った。
「大丈夫だよ」ウメちゃんはそう言って実を口に放り込んだ。
「どう?」
「お前も食べて見ろよ」ウメちゃんは質問には答えず僕に実を一粒渡してきた。
本当は食べたくなかったけど、いくじなしだと思われるのが嫌で僕はその実を口に含んだ。
強烈な苦みが口中に広がり、僕は反射的に実を吐き出した。
「苦っ。こんなの食べられないよ」
「そうか?俺はけっこういけると思うけど」
ウメちゃんは、すでに何粒も食べていた。口の端に赤い汁がついている。
あんな苦い実を平気な顔で食べられるウメちゃんの神経が信じられなかったけど、味覚なんて人それぞれだからなと無理やり納得することにした。
だけど、〝おみやげ″として手提げ鞄に実を詰め込み始めたウメちゃんには、さすがに少しうんざりさせられた。

次の日の1時間目。僕は、ウメちゃんの様子がちょっとおかしいことに気がついた。
さっきからずっともぞもぞしている。
担任の福原先生も気づいたようで、「梅本君。さっきから何をやっているの」とウメちゃんのもとに近づいていった。

その時、僕は見てしまった。
ウメちゃんが咄嗟に机の中に隠したビニール袋に昨日の赤い実がいっぱいに入っているのを。
ウメちゃんは、授業中にこっそり、あの実を食べていたのだ。
一体、何粒食べたのだろうか、指先は真っ赤になっていた。

「梅本君。今、机に何を隠したの?」福原先生がウメちゃんに詰め寄った。
ウメちゃんは身体で机を隠そうとしたが、福原先生は実が入ったビニール袋を素早く取り上げた。
「いったいこれは何?とにかく、先生が預かりますからね」
すると、いきなりウメちゃんがカッターナイフを取り出し、福原先生を目がけて振るった。
教室に悲鳴が上がった。
ウメちゃんの周りの子達は蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ始めた。
「梅本君!何を考えているの!やめなさい!」福原先生は隙をついてウメちゃんからカッターナイフを奪った。
武器を取られたウメちゃんは、教室を飛び出していった。
僕は、慌ててウメちゃんの後を追った。

ウメちゃんは、ものすごい勢いでグラウンドを駆け抜けると、学校外へと走っていった。
僕の方が徒競走は速かったはずなのに全然追いつかない。
あっという間にウメちゃんの姿は見えなくなった。

ウメちゃんの身に一体、何があったのか。
僕は考えた。そして、ひらめいた。
やっぱりあの実には毒があったのではないか。
だから、ウメちゃんはあんな風におかしくなってしまったのではないか。
だとしたら、ウメちゃんが向かう先は、あの山に違いない。
ウメちゃんは、異常なほどあの実に執着していたのだから。
僕は、赤い実をつけた草が生えていた山へと急いだ。

藪を掻き分けて進む僕の気持ちは、ウメちゃんを助けたい一心だった。
ようやく例の赤い実を見つけた草地に到着すると、やっぱりウメちゃんがいた。
ウメちゃんはこちらに背中を向けている。僕は駆け寄ろうとしてギョッとした。
振り返ったウメちゃんの舌が異様なほど長く伸びていた。まるでアリクイみたいだった。
ウメちゃんは、その長い舌を使って、一心不乱に実を集め、食べていた。
ウメちゃんは食べるのに夢中で僕に気づいていなかった。
ウメちゃんはもはやウメちゃんではなかった。いや、人間ですらなかった。
僕は、怖くなって、ウメちゃんに気づかれないよう、踵を返した。

それきりウメちゃんは行方不明になった。
しばらくすると、あの山に、舌が長い化け物が出るという噂が広まった。
「赤い実よこせ」
そう言ってくる化け物に赤い実を差し出さないと殺されてしまうのだという。
僕は、あれから二度と、あの山には近づいていない。

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