第133話「おかえりなさい」

数年前の話。
当時、僕はワンルームのマンションでひとり暮らしだった。
ある時、家に帰ると、どこからともなく「おかえりなさい」と女の人の声がした。
始めは近所の家庭の声が聞こえたのだと思った。
けど、毎日決まって、僕が玄関を開けたタイミングで声がするものだから、僕もようやくことの異常さに気づいた。
おばけか心霊現象の類なのだろうか?
不思議と怖さはなかった。
「おかえりなさい」と言う声には温かみがあって、声を聞くと、一人暮らしの孤独感がスッとなくなることに気がついた。
やがて、「おかえりなさい」に対して「ただいま」と返すようになった。
そんな生活が1年くらいして、仕事の都合で引っ越すことになった。「おかえりなさい」の声がもう聞けなくなるのかと思うと、すごく寂しかった。何か返事があるかと思って、引っ越し当日、「今までありがとう」と声をかけてみたけど、返事はなかった。

・・・だけど、意外な形で僕は、その声と再会を果たすことになった。

引っ越してしばらくして、僕は後の奥さんと出会ったのだけど、彼女の声を一声聞いた瞬間、身体に電気が走ったみたいな感覚になった。
「おかえりなさい」という声と、まったく一緒だったのだ。
彼女の声だったのか・・・。その時、僕は運命というものの存在を初めて感じた気がする。僕の猛アプローチの末、ついに僕たちは結婚することになった。

・・・だけど、結婚してからもその前からも、僕は一度も彼女の「おかえりなさい」を聞いたことがない。運命の恋が必ずしも幸福とは限らないのかもしれない・・・。

-ショートホラー