第101話「階段の怖い話」

その日、私は物音で目が覚めた。

寝室の窓の外は、マンションの廊下だ。
その廊下の方から音は聞こえてきていた。

カツ・・・カツ・・・カツ・・・。

耳を澄ませてみると、その音は階段を上っている音のようだった。
だが、私が住んでいるのは14階だ。
階段を使っている人はあまり見かけない。

まだ夜も明けていない時刻だった。
新聞配達だろうか。
だが、新聞は一度エレベーターで上にあがってから階段で下って配ると聞いたことがある気がした。
上にのぼってくるのは奇妙だし、歩くペースもゆっくりすぎる。

カツ・・・カツ・・・カツ・・・。

音はまだ聞こえてくる。
私は気になってカーテンを開け、表を覗いてみた。

私の部屋の右手に階段が見えた。
その時、ちょうど階段を上る主が姿を現した。

おばあさんだった・・・。
70代くらいに見える。
見かけたことがない人だ。

おばあさんは、14階からさらに上の15階へとのぼっていった。
健康のために階段の上り下りをしているのだろうか。

カツ・・・カツ・・・カツ・・・。
やけにゆっくりと響く足音が、しばらく耳に残っていた。

それきり、もう一度寝て、日常の暮らしの中で、いつの間にかその奇妙な出来事のことは忘れてしまっていた。

ところが、その日、仕事から帰ってきて、エレベーターで14階で降りると、再び音が聞こえてきた。

カツ・・・カツ・・・カツ・・・。

13階からのぼってきたおばあさんが姿を現した。おばあさんは私には目もくれず、15階へと上がっていく。

あの人はどの部屋に住んでいる人なんだろう。好奇心に駆られた私はおばあさんの後について階段をのぼってみた。

おばあさんは1階分離れて続く私に気づく様子はなかった。
ひたすら上へ上へと上がっていく。

17階・・・18階・・・20階・・・。
気がつくと最上階の23階だった。
私はすっかり息切れしていた。どこまで上がり続けるのか。あの歳で1階から最上階までを往復しているとでもいうのか。

おばあさんは、最上階でも足を止めることなく、そのまま屋上へと続く階段を上がっていった。
しばらく待っていたが、おばあさんは引き返してこなかった。私は痺れを切らして、鉢合わせる覚悟で屋上へ続く階段をのぼっていった。
ところが屋上の扉の前は無人だった。
まさかと思って、扉のノブをひねってみたが、鍵はしっかりとかかっている。
おばあさんは煙のように消えてしまった・・・。
まるで、幽霊のように・・・。
そう思った瞬間、身体の中を寒気が走った。
・・・ついに、本物の幽霊を見たのかもしれない。

戦慄と同時に興奮を覚えた。
家族にこの話をしようと思って私はクルリと向きを変え引き返そうとした。

その瞬間、腕を誰かに掴まれた。
背中には屋上の扉しかないはずなのに。
恐る恐る、振り返る。

扉から突き抜けたシワだらけの腕が、私の右手をがっちりつかんでいた。
「ひっ」
私は、慌てて腕を振りほどいた。
驚いたはずみで尻餅をついてしまった。

シワだらけの腕は、すーっと扉の中に溶けるように消えていった。
そして、低くしゃがれた声が扉の向こうから聞こえた。
「こっちにおいでぇ」

私は叫び声をあげながら、階段を走り降りた。

-ショートホラー