第75話「採用面接」

これは、私が勤めていた会社で体験した恐い話です。

私が勤めていたのは社員が250名ほどの中堅IT企業でした。
私は、長年、営業部におりましたが、今年の始め、人事部に転属となりました。
人事部の課長が退職したことによるスライド人事でしたが、営業は若手にまかせて管理業務の方に行って欲しいという会社の意向を私も納得しての異動でした。と言っても畑違いの部署ですので、ようやく業務に慣れてきたのは、3ヶ月ほどして桜が咲き始めた頃でした。

この春は、会社の方針で中途採用を盛んにすることに決まり、私は連日のように採用面接の予定が入っておりました。私一人が1次面接を行い、その後、役員と部署長の最終面接に進むという流れでした。エントリーシートで200名ほど応募があり、そのうち面接のセッティングをしたのは30名ほど。それでも一人で全員の面接をするのは大変な負担でした。ですが、中小企業ですので慢性的な人手不足は仕方ありません。栄養ドリンクを飲んで、就職エージェントや応募者の対応に追われる毎日でした。

その日、面接は1件だけでした。13:30からだったので、早めにお昼を済ませて13:20頃に社に戻ってきました。すると、入口の扉の前に若いスーツ姿の男性が立っておりました。
面接相手の人だろうとすぐにわかりました。何度か人事面接を行なっていると、面接に訪れた人かそうでないか見分けがつくようになりました。応募者は、独特の緊張感を身にまとっているのです。
「採用面接の方ですか?」
私が背中に声をかけると、男性は振り返って小さくうなずきました。なんだか暗そうな子だなと第一印象で思いました。
よほど面接で取り返さないと、この子は採用見送りだなと頭で考えながら、私は男性を会議室に通しました。
たしか事前に読んだエントリーシートでは、前職では浄水器の営業をやっていて成績は社で1位だったと書いてあった記憶がありました。こんな暗そうな子が営業できるのだろうかと疑問でいっぱいでした。さては、エントリーシートは適当に書いて面接にこぎつけようという輩かなと感じました。そういう人は意外と多いものなのです。こちらも確認のしようがありませんから、騙されて失敗したこともありました。
「お座りください」
私が椅子を示すと男性は黙って座りました。挨拶も何もありません。ちょっとひどいなと思いました。若いといっても礼儀がしっかりしている子はしっかりしています。
もう私の中では不採用決定でしたが、形だけでも面接をしないといけません。
「履歴書と職務経歴書はお持ちですか?」
そう尋ねても、男性は黙って俯いたままでした。
さすがに私の我慢も限界でした。ちょっと言ってやらねばと思い、「ちょっと、君ね・・・」と口を開いた時でした。
会議室の扉がガチャッと開き、部下が顔を出しました。
「あれ、課長?もう待ってくださってたんですか?採用面接の方いらっしゃいました」
と言って、いかにも営業畑を経験してきたといった感じの若い男性を招き入れました。
私はわけがわからず目の前に座っている男性に視線を戻しました。
すると、男性は忽然と消えていたのです・・・。

私は、冷静になろうと、応募者の男性に待ってもらって、トイレに向かいました。やはり少し疲れがたまっているのかもしれない・・・。そう思いながら顔を洗っていた、その時です。
「僕は不採用ですか・・・?」
耳元でいきなり声がしました。
思わず「ひゃっ」と声がでました。
ですが、振り返っても誰もいなかったのです・・・。

後で聞いた話ですが、私の前任者の人事課長は、圧迫面接をすることで有名だったそうです。彼にさんざん詰められた応募者の暗い思念のようなものが、会社に残っていたのかもしれません・・・。

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