第49話「ペイン」

2016/09/01

右腕にチクッと痛みを感じた。
私は、思わず顔をほころばせた。実験成功だ。
「成功ですね」
私は端末をじっと見つめる教授に言った。
教授は、小さくうなずいただけだった。
何か予想外のデータが観測されたのか。
教授は眉間にしわを寄せて考え込んでいる。
私の隣の席に座っている院生の子も不思議そうな顔で教授を見つめている。
彼の右腕に、さきほど細い針で刺された小さな赤い点が見えた。

教授の研究テーマは「痛み」。
人が「痛み」を脳で感じとる電気信号を測定しデータ化、その痛みの信号を他人の脳に送信する。
つまり、他者との痛みの共有。
それが教授の最大の研究課題だった。
教授の研究は「ペインプロジェクト」と呼ばれ、大学から多くの期待を寄せられていた。
実現すれば、包丁で刺される痛みを刺されずにして味わうことも可能だ。
もちろん、それはわかりやすい例え話であって、教授の目的は「痛み」を分かち合うことで、人と人がお互いをより理解し合える社会を作ることだった。
患者と家族、犯罪加害者と被害者など、「痛み」を分かち合うことができれば歩み寄れる人たちが大勢いると教授は考えていた。
教授はそういう優しい人なのだ。
教授のもとで助手を務めて4年になるが、その研究への取り組み方は尊敬するばかりだった。
研究に没頭するあまり3日3晩眠らないことなんてざらだ。
ただ、助手としては体調が少し心配になるのだが。
最近、ますます目の下のクマが濃くなってきたし、この前大学関係者がカウンセリングを勧めにきたほどだった。
研究も佳境に入り、教授の神経はだいぶすり減っているように見えた。

「これではまだ成功とは言えない!」教授が作業テーブルをドン!と叩いた。
今、私と院生の子はアームチェアに固定され頭にはたくさんの電極とコードがつけられている。
さきほどの実験では、院生の子が針を刺されて感じた痛みを私も感じることができた。
実験は成功のはずだった。
「どうしてですか?」私は教授に尋ねた。
「前帯状回と島皮質の反応が高い」
そういうことか。私は理解した。
人間の脳は自分の痛みだけでなく他人の痛みにも反応してしまう。
「痛そうな画像」を見ただけで、自分が受けた痛みとして認識してしまうことがあるのだ。
つまり、院生の子が針で刺されることを私が知っていたから、私の脳が反応をしただけという可能性があると教授は言っていた。
「では、被験者をそれぞれ隔離して、事前情報を与えずに、もう一度やりましょう」私は教授に提案した。
すると、教授の目が怪しく光り、突然、鞄から刃物を取り出した。
「いや、誤差を無視できるくらい強い痛みを与えて観測すればいい」
「教授、何をしているんですか!」
私と院生の子はアームチェアにバンドで手足を固定されているので自由が利かない。
教授は、刃物を手に、ゆっくりと院生の子に近づいていった。
「何するんですか!?やめてください!」院生の子がアームチェアでもがく。
「教授!やめてください!」私は叫んだ。
ひゃはは・・・ひゃはは・・・。教授は気味の悪い笑い声を上げ、院生の子のお腹に刃物を突き立てた。
ぐえっと声がして、真っ赤な血しぶきが私の顔にかかった。
教授は院生の子の身体を滅多刺しにし、死んでもなお切り刻み続けた。
やがて恍惚とした表情を浮かべながら端末に戻った。

「さて、準備はいいか。彼の痛み信号を君の脳に送る。私の理論が正しければ・・・君も死ぬ」
いや・・・いや・・・いや。私は、頭を振った。
「やめてください!」
「実験の成功に貢献できるんだ。君も本望だろう」
「やめてっ!」
「3・・・2・・・1・・・」
教授は、私の脳に痛み信号を送るスイッチをオンにした。

ああ、どうして、私は教授の心の痛みを分かってあげられなかったんだろう・・・。
そう思った矢先、私の身体を、言葉で表せない激痛が走った。
雷に打たレ、熱線デ焼かれ、タイナイに仕掛ケられタ爆弾ガ爆発したみた・・・

 

 

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