【怖い話】武蔵小杉のタワーマンション

アパート・マンションの怖い話

Tさんは武蔵小杉のタワーマンションに奥さんと子供2人の家族4人で暮らしている。

そのマンションの各フロアはエレベーターを中心にして回廊上に部屋が配置されている。
とてもいい物件なのだが、Tさんが一つ気になっているのは、そのマンションがスタイリッシュなデザインを売りにしていて、廊下は間接照明だけを使ってあえて薄暗く設定されており、仕事で夜遅くなったりするとその暗さが少し不気味だったりすることだ。
エレベーターから玄関まで10メートルあるかないかの距離なのだが、つい後ろを振り返ったことが何度あったかわからない。

その日、Tさんは、エレベーターを降りると妙な肌寒さを感じた。
なんか嫌だなぁ。
小走りで玄関に向かう。
そして家の鍵をカバンから取り出し玄関のドアを開けようとした時だった。

チャリン…チャリン…

という金属音が突然聞こえ、思わずビクリとした。
手に持った家の鍵などの金属の束がこすれるような音…。
同じフロアの住人がちょうど帰ってきたのだろうか。
(そういえば最近、あの音をよく聞くな)
Tさんは思った。
昨日も一昨日も、今日と同じように仕事帰りに同じ音を聞いた覚えがあった。
偶然が重なるものだな…。
その時はそんな風にしか思わなかった。

Tさんは賃貸で部屋を借りており、同じフロアに住む人とは顔を合わせれば挨拶くらいするものの、顔も名前もよくわかっていない。
自分と同じ時間帯に帰ってくる人がいたとしても、それが誰なのかはさっぱりわからなかった。

しばらく経ったある日。
Tさんが仕事から帰ると、奥さんの様子がどうもおかしかった。
どこか心ここにあらずで思案顔をしている。
「どうかした?」
遅めの夕ご飯をかき込みながらTさんは奥さんに尋ねた。
「…うーん……ちょっと変な話なんだけど、最近、マンションの廊下で音がするの。鍵がチャラチャラこすれるみたいな、そんな音」
「……え?!」
Tさんは飲んでいたお味噌汁を吹き出しそうになった。
まさに今日も鍵がこすれるチャリンチャリンという音を聞いたばかりだったからだ。
あまりに頻繁にその音を聞くのでなんだかおかしいなぁと思いながらも、Tさんはまだ自分の心の中に留めておいたのだけど、奥さんも同じ現象を体験していると知り、Tさんは興奮して奥さんに話し始めた。
「やっぱりちょっと変だよね」
「ほぼ毎日聞くからな」
そして、Tさんと奥さんは、今度同じ音を聞いたら廊下を回って、音の出所を確認しようということになった。
正直、Tさんはちょっと怖かったのだけど奥さんが俄然やる気だったので引っ込みがつかず「今度聞いたらね」と約束してしまった。

……聞こえるな、聞こえるな。
翌日、そんなことを念じながら帰りのエレベーターを上がってきたTさんだったが、玄関に差しかかろうと言う時、その日も音は聞こえてしまった。

チャリン…チャリン…

見にいくのは嫌だったけど、奥さんに臆病者扱いされるのも同じくらい嫌だったので、Tさんは回廊になっている廊下を音がした方に進んだ。
さっさと確認してしまおう。
早足でスタスタと廊下を回っていくと、やがて一周して元の場所に戻ってきてしまった。
誰もいなかった…。
家の玄関が開く音はしなかったから、まだその人物は廊下にいたはずだ。
なのに、誰にも会わなかった。
一体、どういうことなのだろう……。
わけがわからなかった。
とりあえず奥さんに報告しようとTさんは自分の家に向かった。
鍵を取り出しドアの鍵を開けた時だった。

チャリン!チャリン!

いきなり耳元で、あの音が鳴った。
誰かが家の鍵をTさんの耳元で振ったような音の大きさだった。
慌てて振り返ったけど、そこには誰もいなかった。
「ひゃっ!」
変な声を出してTさんはその場にへたりこんでしまった。
すると、奥さんが玄関のドアを開けて顔を出した。
「なにしてんの?」
へっぴり腰で座り込むTさんを見て奥さんは呆れたような顔で言った。

ビールを煽って落ち着いてから事情を話すと、奥さんは訳知り顔でTさんに言った。
「実はね、Kさんに聞いたんだけど…」
Kさんというのは子供の同級生の親で奥さんのママ友だった。
「他のフロアでも聞こえるんだって、あの鍵の音…」
「え?」
「『聞こえても、聞こえないフリした方がいいよ』ってKさんが。なんか有名みたい」
「そうなのか…」
だったら早く言ってくれれば怖い思いをしなくてすんだのに。
Tさんは心の中で愚痴りながらビールを飲み下した。

その音の正体は今もわかっていない。
ただ、仕事から帰ると、ほぼ毎日、チャリン…チャリン…という鍵の音は今も聞こえてくるという。

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