転職の怖い話

怖い仕事

Fさんはブラック企業に勤めている。
深夜までのサービス残業は当たり前。
土日も満足に休みが取れないという労働環境で、限界を感じたFさんは転職活動を始めることにした。

だが、Fさんはもう35歳。
目立った経歴やスキルがあるわけでもなく出身大学も無名というスペックで、勢いで転職活動をしてみたものの、何十という企業にエントリーをしても、書類選考すら全く通らない有様だった。
もはや現職で砂をかむように我慢して働くしかないのかと諦めかけた時、
一通のスカウトメールがFさんのもとに届いた。
聞いたことがない企業からだった。
「是非とも我が社にお越しください」
とメールには書かれており、他にも「あなたのような人材を求めておりました」などFさんを褒めちぎる言葉がたくさん散りばめられていた。
そのスカウトを素直に喜ぶほどFさんも純粋ではない。
一体、先方が自分のような三流サラリーマンにどんな意図で連絡を寄こしたのか訝しんだ。
よほどのブラック企業で人材流出が止まらないのか、コンプライアンス的に危ない企業などかもしれない。
普通に考えれば連絡を返すこともリスキーだったが、面接にいくくらいはいいかとFさんは思い直した。
というのも、書類選考に落ち続け精神的に弱っていたので、企業側から連絡が来たことだけで少し気持ちが浮かれていたのだ。
Fさんはメールに返事をして、後日1次面接を受けにいく運びとなった。

当日、指定された住所にFさんは向かった。
その企業は川沿いの雑居ビルにオフィスを構えていた。
7階のフロア全てがその企業のオフィスらしい。
だが、一歩建物に足を踏み入れてFさんはその異様な雰囲気に背筋が凍る思いがした。
……フロアが異常に暗いのだ。
単に照明が暗いというわけではない。
外は快晴なのに建物の中は空気が重くどんよりとしてじめじめとしていた。
……なんか気味が悪いなここ。
Fさんは引き返したい衝動に駆られたが、
イチ社会人として無断で面接を欠席するというのは憚られた。
受付で担当者を呼び出すと、しばらくしてエレベーターで担当の男性社員が降りてきた。
その担当者というのがまた変わっていた。
何日も寝ていないのか、顔色が悪く目の下には遠目にもわかるほどクマがはっきりとできており、うつむきがちでボソボソしゃべるので毎回聞き返さないといけないほどだった。
ビルが放つ異様な雰囲気とはとてもマッチしていたが、どこか奇妙というか普通じゃない感じがした。
その担当者と二人きりでエレベーターに乗っていると、居心地が悪くて仕方なかった。
エレベーターを降りるとFさんは会議室に案内された。
「……しばらくお待ちください」
そう言い残して担当者は席を外した。
会議室もどこか変だった。
長机が向かい合わせで2つと椅子があるだけの簡素な部屋で壁紙はクリーム色。
それだけでは何もおかしいところはないのだけど、とにかく空気が悪い。
吸っても吸っても空気が入ってこない感じがする。
息苦しくて、Fさんはこれから面接だというにも関わらず、ついネクタイの紐を緩めてしまった。
それから20分ほど待たされた。
いまだ誰もあらわれず面接は始まらない。
完全に放置されている。
30分待って、さすがにおかしいと思い、Fさんはしびれを切らして部屋を出た。
廊下を歩いていくと社員の執務室と思しき部屋に出た。
それほど広くない部屋に、二十人以上の社員がところ狭しと働いている。
いや、そうではなかった。
Fさんは自分の目を疑った。
……その部屋に二十人も人はいなかった。
実際に働いている人はその半分ほど。
半透明の人影が、働いている人の後ろに付き従っていた。
まるで背後霊のように。
Fさんは見間違いかと思って何度も目をこすった。
「……Fさん」
急に後ろから声をかけられてFさんは飛び上がりそうなほど驚いた。
振り返るとFさんを案内した担当者の男性が立っていた。
「ひゃっ!」
Fさんは思わず声をあげてしまった。
その男性の後ろにも背後霊のように半透明の別の男性が立っていたのだ。
「……どうかしましたか?」
「…い…いえ」
「面接は終わりです。お疲れさまでした」
「……終わり?」
「はい、後日結果はご連絡させていただきます」
わけがわからなかったが、Fさんは帰り際、奇妙なものを目にした。
さっきまでいた会議室の扉が誰もいないのに開いてまた閉まったのだ。
まるで中にいた人物が会議室を出て行ったかのように…。

挨拶もそこそこにFさんは逃げ出すように建物を飛び出した。
振り返って建物を仰ぎみる。
外から見ていると何もわからないが異様な会社だった。
Fさんは急ぎ足で家路についた。

後日、2次選考に進んでほしいというメールが来たが、
Fさんは丁重にお断りの返事をした。
それから企業からは何の連絡もきていない。
それにしても、1次面接の時、見たものはなんだったのだろう……。
社員の人達の後ろに立っていた背後霊のような人影。
……まるで死者が生者を操って働いていたようにも見えた。
死者が経営する会社……。
そんな会社が存在するとしたら。
もし転職してしまっていたらFさんもとり憑かれて働かされていたのだろうか。
いや、きっとおかしな妄想だ。
Fさんは頭を振って、目の前の転職活動に思考を切り替えた。

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