【怖い話】旧友からの電話

 

Dと話すのは17年振りだった。
中学を卒業して以来だ。

ある日の夜、仕事から帰って自宅のソファで休んでいると、知らない番号から電話がかかってきた。
それがDだった。

「久しぶり」
17年振りに声を聞いたにも関わらず、すぐにDとわかった。
子供の頃の絆は不思議なものだ。
社会人になってからの"友達"とは明らかに違う。

「久しぶりだな。誰から俺の電話番号聞いたんだよ」
「お前の実家に電話して教えてもらった」
「何かあったのか?」
「いや、別に用があったわけじゃないんだ。どうしているかと思ってさ」
「・・・」
もちろん変だなと思った。
17年振りに、中学の同級生に用もなく電話をかけるわけがない。
でも、なぜか、その時は、それ以上突っ込めなくて、離れていた時間の隙間を埋めるように、近況をお互いに話した。
Dも俺と同じく結婚もせずフラフラとしているらしい。
仕事漬けの毎日。
誰かに話を聞いて欲しくて、俺の顔を思い出したのだろうか。
その気持ちはわかる。

Dと話していると次から次へと昔のことを思い出した。
Dは地元の進学校に進み、俺は中学卒業とともに引っ越して他県の高校に通った。
父親が転勤族で引っ越しが多い家庭だったのだ。
中学卒業以来、Dとのやりとりは途絶えてしまった。
俺は俺で新しい環境になじむのに必死だったし、今みたいにまだスマホが当たり前に普及している時代でなかったのでよほどの用がないかぎり旧友に連絡を取ることもなかった。

思い出として懐かしむうちに、あっという間に時間だけが過ぎていき、気づけば17年だ。

「もっと早く連絡すればよかったな」
後悔が声になって出た。
もしかしたらDも同じような思いで、わざわざ電話をかけてきてくれたのかもしれない。
そうだとしたら、とても嬉しかった。

結局、その日は2時間以上も昔話をして、用件を聞けないまま電話を終えた。

それから、2、3日おきだったり、一週間くらい時間をあけて、ぽつぽつとDから電話がかかってくるようになった。
俺から電話をかけることもあった。
昔話だけして電話を終えることもあれば、仕事の愚痴を聞いてもらうこともあった。

ある日の電話。「そういえば、はじめに電話をかけてきた用件って結局、なんだったんだ?」と俺は
聞いてみた。
今となってはどうでもいいことだけど、ふと思い出したのだ。
すると、Dは「ほんとうに、用はなかったんだ。ただ、なんとなく話したくなってさ」と答えた。
俺はそれを聞いて嬉しかった。
気づけば、Dとの電話は心のよりどころになり、なくてはならないものになっていった。
ストレスの多い毎日を乗り切るための、支えだった。

「電話ばかりじゃなくて今度会って話さないか」
ある時、俺は提案してみた。
平日の仕事終わりでは時間の限りもあるし、電話をかけながら寝落ちしてたこともあった。
時間を気にせず、落ち着いて話すのも悪くないなと思ったのだ。
「そうだな。今度落ち着いたら、会おう」
はっきり断られたわけではないけど、はぐらされ、誤魔化された。
会うつもりはないのだとわかった。
なにか事情があるのかもしれないし、単に会うのは億劫なだけかもしれない。
なにがなんでも会わないといけないわけではないけど、少し寂しくはあった。

電話だけのやりとりが数年続いた頃、俺はあるサプライズを思いついた。
Dがいきなり電話をかけてきたように、今度は俺がDにいきなり会いにいって驚かせるのだ。

俺はすぐに計画を実行した。
次の休み、中学まで過ごしたW町に電車で向かった。
片道3時間30分。ちょっとした小旅行だ。
久しぶりにW町の駅に降りると、あまりの変わらなさに驚いた。
時間の波にW町だけ取り残されたようだった。
すべての風景が懐かしかった。
駅前の商店街。公園。中学校。河原。
Dの実家まで、駅からバスと徒歩で45分くらいかかった。
Dが今でも実家に住んでいるとは思わないが、何度もDの家には遊びに行っているので、Dの両親に聞けば、今住んでいる場所を教えてもらえるだろうと見込んでいた。

玄関のベルの音も昔と変わっていなかった。
しばらくして、Dのお母さんがあらわれた。
白髪が増えたけど、昔の面影がある。
「はい、なんでしょう?」
「あ、突然すいません。覚えていないでしょうか、Dくんと中学校の同級生だったAです」
Dのお母さんは驚いたように目を丸くした。
「Aくんなの?うそー。こんな立派になっちゃって」
「ご無沙汰しています」
「この町に戻ってきたの?」
「いえ、戻ってきたわけじゃなく、Dくんに会いにきたんです」
そう告げると、Dくんのお母さんの表情が変わった。
唇を引き結び、肩を震わせている。
様子がおかしい。
「あの・・・」
「知らなかったのね。あの子、亡くなったのよ。高校3年生の時に」
「・・・え?」
俺は凍りついた。
わけがわからなかった。
ありえない展開に頭が混乱した。
理屈があわない。
「・・・どうして?」
長い沈黙のあと、ようやく俺の口から言葉が出た。
「事故でね・・・よかったらお線香あげていってあげて」

家にあげてもらいDの遺影に手を合わせ、お線香をあげた。
Dが死んだのは嘘でも冗談でもなかった。
その場では神妙な態度を貫いたけど、内心は叫び出したかった。
(だったら、この数年、俺が電話していた男は誰なんだ!)

Dの家をあとにすると、それを待っていたかのように電話が鳴った。
死んだはずのDからだった。
電話を持つ手が震えた。
誰かが俺を騙しているのか、それとも亡くなったDが本当に電話をかけてきているのか・・・。

「・・・結局、その電話には出なかった。それからも毎週のようにDからの着信がきた。けど、怖くていまだに電話を取ることはできないんだ」
話し終えたAがふぅと息を吐くのが、電話越しに聞こえた。
沈黙が続いた。
Aの息遣いだけが聞こえる。
17年振りに電話をかけてきた旧友のAは、それほど仲がよかったわけでもない私に、唐突に怪談話を聞かせてきた。
目的はなんなのか。さっぱりわからない。
いや・・・そもそも電話の向こうのAを名乗る相手は生きた人間なのだろうか。
電話を切りたいのにどうしても切れない。
「・・・なぁ」
Aが荒い息遣いで話し始めた。
「今から会いにいっていいかな」

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