【怖い話】霊媒体質

 

急に肩が重くなったり、背筋が寒くなることはないだろうか?
そういう時は、大抵、霊にとり憑かれている。
オレは類まれな霊媒体質らしく、しょっちゅうとり憑かれるからその類の話が詳しい。

霊にとり憑かれると、たいていよくないことが起きる。
気分が鬱々としたり、何もない場所で転倒したり、
悪い霊にとり憑かれた時は事故にあい全治1ヶ月の怪我を負ったこともある。

とり憑かれてしまったら、お祓いを受けるしかない。
ある時、霊媒師の女性を紹介してもらい、
それ以来、何度もその人に霊を祓ってもらっている。
「あんたはどうせまた来るから」
あまりにとり憑かれるので、ついにはお祓い料を割引してもらえるようになった人間は日本でも数えるほどしかいないのではないか。

ただ、その霊媒師の人に、ある時、こう言われた。
「あんたの中に、どうしても祓えない霊が一体いる。それがあんたの体質の原因だろう」
祓って欲しいと食い下がったけど、どうしても無理だと断られた。
この体質が直るならいくらでも対価を払うと言ったけど、そういう問題じゃないらしい。

一体、オレにずっと憑いている祓えない霊とは何なのか。
時間が経てば経つほど、かえって気になってしまった。

ある時、東北の山奥に、
自分に取り憑いてる霊の姿が映る井戸があるという噂を聞いた。
真偽はわからないけど、モヤモヤするくらいなら行ってみる価値はあると思った。

仕事を休んで、新幹線と在来線を乗り継ぎ、
最寄り駅からタクシーで目的地へ向かった。

目指す井戸は崖の下に建てられた古寺の洞窟にあるという。
早速行ってみると、寺の裏に崖を抉った洞窟があった。
洞窟の中は、いたるところが苔むしていて、空気がどんよりと重い気がした。
洞窟の天井から水滴が落ちる音だけが聞こえる。

問題の井戸はすぐに見つかった。
オレは、息を大きく吸い込んで、
井戸の中を覗きこんだ。
漆黒の水をたたえた井戸に、自分の顔が映し出された。
・・・ただ、それだけだった。
オレにとり憑いている霊が映ることはなかった。
高い交通費を払ったのに成果は何もなかった。

がっかりして来た道を戻っていた時だった。
住職らしき人がお寺の裏を掃除していた。
住職は洞窟から出てきたオレに気づくと、
「何か映りましたかな?」と聞いてきた。
オレは曖昧に力なく苦笑するしかできなかった。
住職は、それが何も見えなかったという意味なのだと勘違いしたのか、
こう続けた。
「映らなくていいのです。あの水に映るのは死期が近い方や、死者だけですから」
オレは愕然とした。
そして、あることに気づいた。

帰りの新幹線を品川駅で降りると、その足で、馴染みの霊媒師のところに寄った。
「オレに取り憑いていて祓えない霊というのは、オレ自身なんでしょう?」
オレは単刀直入に聞いた。
霊媒師は何も答えなかった。それが答えだと思った。
オレは、誰ともわからない人間にとり憑いている幽霊だったのだ。
どうりで祓えないわけだ。
オレを祓ってしまったらオレ自身の存在が消えてしまう。
そう言われてみれば、最近の記憶以外は、薄ぼんやりしている。
振り返ってみても、子供の頃の記憶や学生時代の思い出が何も浮かばない。
「・・・オレは何者なんですか?」
「それは自分で調べることだね」

一つの謎が解けて、また新しい謎が生まれた。
オレは何者で、オレがとり憑いているこの身体は誰の物なのか。
オレは旅を続けている。

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