【怖い話】車椅子の少女

 

今から30年以上前、私が中学生の時に体験した恐い話です。

その日、私は、遅くまでクラリネットの自主練をしていました。
吹奏楽部の発表会が翌週にせまっていたのです。

部員はみんな帰ってしまっていて音楽室には私一人だけでした。
楽器を片付けて廊下に出ると、車椅子の女子生徒がいました。

キィ・・・キィ・・・キィ・・・

車椅子のタイヤと金属が擦れる音が廊下に響いていました。
養護学級がありましたので、そのクラスの生徒だろうと思いました。

ですが、車椅子の女子生徒とすれ違った後で、
「あれ?」と思いました。
バリアフリーという言葉が浸透するずっと以前、
今から30数年前の話です。
学校にはエレベーターがありませんでした。
そういう事情から養護学級の教室は1階にありました。
いっぽう音楽室は4階です。
見たところ、車椅子を押す介助者もいないのに、
あの子はどうやって4階まで上がったんだろう。
不思議に思って、フッと振り返ると、車椅子の少女は忽然と消えていました。
・・・キィ
車椅子の音だけをその場に残して・・・。

翌日、クラスメイトに、昨日の恐ろしい出来事について話すと、
「私も見たことある」という子が3人もいました。
車椅子の少女の幽霊は、決まって4階の廊下を一人で歩いている時に現れることがわかりました。

それからというもの、
私は、一人にならないよう、
練習を切り上げて吹奏楽部のみんなと一緒に帰るようにしました。

けれど、発表会の前日、
私は慌てていて楽譜を音楽室に忘れてきてしまったのです。
気づいたのはみんなと別れた後。
携帯電話がまだない時代です。
私は一人で、楽譜を取りに戻るしかありませんでした。

日が落ちた学校は蛍光灯があるとはいえ、昼とは別世界です。
いくら耳をすませても生徒の声は聞こえず、自分の足音だけが響きます。
4階の音楽室にたどりつくまでに何回肝を冷やしたかわかりません。
忘れた楽譜を発見し、握り締めると、汗をびっしょりかいてました。

一刻も早く学校の外に出たくて、音楽室を飛び出しました。
その時です・・・。

キィ・・・キィ・・・

前方から車椅子の音が聞こえてきました。
足がガクガクと震えて、立っているのがやっとでした。
車椅子の少女はゆっくりこちらに向かってきていました。
「逃げないと」と思うのに、足が言うことを聞いてくれません。
私はもつれる足でなんとか音楽室に戻りました。
音楽室には一段高い小さなステージがありましたので、
そこにたどり着けば車椅子では追ってこられないと思ったのです。
ステージに上がり、グランドピアノの陰に身を隠しました。

キィ・・・キィ・・・キィ・・・

音は近づいてきます。
そのまま音楽室を通りすぎて!

キィ・・・キキッ

祈りは届きませんでした。
車椅子は音楽室の前で止まり、
中に入ってきました。
私を探しているのか、止まっては動き、止まっては動き、
ゆっくりと音楽室の中を進んでいます。
私は物音一つ立てないよう、ジッと息を潜めました。

ガツン・・・ガツン・・・ガツン

音の質が変わりました。
ソッとうかがうと、車椅子の少女は、
ステージに上がれず、繰り返し段差に車椅子をぶつけていました。
やはり車椅子ではここには来れないんだ。

ガシャン!と大きな音がしました。

車椅子が倒れてタイヤがカラカラ回っているのが見えました。
段差の陰になって少女の姿は見えませんでしたが、
どうやら車椅子から転倒したのは間違いなさそうでした。

逃げるチャンスだと思いました。
ピアノの陰から身を出し、ドアまで振り返らず一気に走りました。
廊下を走りながら、後ろを振り返ると、
腕の力だけで這って音楽室から出てくる少女の姿が見えました。

階段が見えてきました。
あと一息。
振り返ると、少女はまだ音楽室の前でした。
大丈夫。追いつかれはしない。

そう安心しかけた時でした・・・。

全身を寒気が駆け抜けました。
もう一度、振り返ると、車椅子の少女は、腕の力だけで、ものすごいスピードでこちらに向かって這ってきていました。
ケタケタと笑いながら・・・。
逃げなきゃ!
そう思って階段に足を踏み出そうした瞬間、足首をつかまれました。
瞬きをするくらい一瞬のうちに追いつかれていました。
車椅子の少女は私の足首をしっかり握りしめながら、
上目遣いに見上げていました。
少女の顔には目や口がありませんでした。
それらがあるべき場所には、ただ真っ暗な穴が開いているだけでした。

その後、何があったのかはわかりませんが、
気がつくと私は通学路を歩いていました。
・・・まるで何事もなかったかのようでした。
けど、足首に痛みを感じ、靴下をまくって見てみると、
少女につかまれた場所が人の手の形に赤く跡になっていました。
決して夢などではなかったのです・・・。

噂で聞くところによると、
30年以上経った今でも、その中学校には、
車椅子の少女の霊が出るという噂があるそうです。

#295

-学校の怪談, 怖い話