【都市伝説】逆さ女 #287

 

先日、中学時代の同級生4人で、長野にスノボに行った帰り道のことだ。

温泉に立ち寄ったりしているうち気づけば日が変わるくらいの時刻になっていた。
運転しているAと助手席の僕は起きていたけど、後部座席の二人は眠っていた。

うねうねとした峠道が続いた。
時刻が時刻だけに他に走っている車はなかなか見かけなかった。

前方にトンネルが見えてきた。
数百メートルくらいの長さだったけど、かなり古いトンネルらしく壁は苔むしていて照明はないに等しいくらい薄暗かった。
「なんか気味悪いな」
運転席のAが言った。
僕も同感だった。
心霊スポットとして紹介されていたとしても納得する。

その時だった。
ドン!と車の屋根に何かがぶつかったような音がした。
Aは慌ててブレーキを踏んだ。
「何だ、今の?」
「わからない」
僕たちは同時に車から降りた。

車の屋根の上には、何もなかった。
何かが落ちてきた跡もなかった。
僕とAは顔を見合わせて首を傾げた。
トンネル内は、冷たい風が吹き抜けていて、凍てつく寒さだった。
ピチャン、ピチャンと水が滴る音がどこからか聞こえた。
僕は身震いして車に戻った。
後部座席の二人はまだ眠りこけていた。
けっこう大きな音がしたのに、のんきなものだ。

再び車は走り出した。
外に出たおかげでだいぶ目は冴えた。
少し小腹が空いたので、コンビニで買っておいたおにぎりを袋から取ろうとしたら、おにぎりが手元から逃げるように転がっていった。
急に車のスピードが上がったのだ。
運転席を見ると、Aが青白い顔でハンドルにかじりついて、バックミラーをちらちら見ていた。
「A、どうしたんだ?」
「・・・今、女が・・・後ろの窓の外に女が・・・逆さまで・・・」
Aはぐんぐんとスピードをあげていった。
トンネルの先は下り道だった。
「・・・逆さまの女が!」
「おい、A!スピード落とせって!」
スピードの上げすぎで車は対向車線に大きく膨らみながらカーブを曲がった。
このままでは衝突するのは時間の問題だ。
「A!車、停めろって!」
僕は叫んだ。
Aの耳に僕の言葉は届いていなかった。
大きなカーブが迫っていた。
「衝突するぞ!」
僕はAの頬を叩いた。
すると、Aはハッとしたような顔をして、ブレーキを踏んだ。
ガクンという衝撃とともに車が停まったのは、ガードレールまで数メートルというところだった。
「・・・乱暴な運転だなぁ」
後部座席の二人がのんきにアクビをしながら、いまさら起きてきた。

そこからは、僕が運転を代わった。
さっき起きた後部座席の二人が喋り続けていたので眠くはなかったけど、
Aのことは気掛かりだった。
Aは一言も口を利かず、助手席に座り一点をじっと見つめて、ときおりサイドミラーを気にするような素振りをみせた。

地元の駅で解散の予定だったけど、僕はAが心配でならなかった。
何かがあったのは間違いないのにしゃべろうとしてくれない。
車はAのモノだったので、ここからAは一人で運転して帰らないとならない。
「家まで送ろうか」と何度も提案したけど、「大丈夫」とAは言うだけだった。

みんなと別れて、一人暮らしのマンションについた時には、深夜2時を過ぎていた。
リビングの電気をつけると強烈な違和感に襲われた。

テーブルの上の、テレビリモコン、ティッシュの箱、卓上カレンダー、飲みかけのペットボトル、ビールの空き缶、それらすべてが逆さまにひっくり返っていた。
逆さまの空き缶からこぼれたビールの残りが、テーブルを伝ってフローリングの床にこぼれ落ちていた。

ポタ・・・ポタ・・・ポタ・・・

ピチャン・・・ピチャン・・・

気のせいだろうか。
水滴の音が途中から変わった気がした。
・・・どことなく似ていた。
あのトンネルで聞いた滴る水の音と。
その時、影が降りてきて僕を包んだ。
頭の上、僕と蛍光灯の間に何かがいる・・・。
ふっと視線をあげて目に飛び込んできたのは、逆さまの女の顔だった。
天井に張りついた逆さまの女が目の前にいた。
重力に引っ張られてまっすぐ下がった髪から、水がピチャンピチャンと垂れていた。
血走った目を見開き、口許に薄い笑みをうかべた『逆さ女』・・・。
僕は声の限りに叫んだ。

・・・気がつくと朝になっていた。
昨日の『逆さ女』は夢だったのだろうか。

・・・いや夢ではなかった。
テーブルの上の日用品は、全て逆さまのままだった。

放心していると、電話が鳴った。
相手は昨日の同級生の一人だった。

『・・・Aが昨日の帰り死んだって』

頭が真っ白になった。
言葉の意味が理解できなかった。

Aは自宅にたどり着く前に交通事故にあったらしい。
逆さまになって大破したAの車が通りかかった人に発見された。
現場は何もない一直線。
一体どんな運転をすれば、
車が逆さまにひっくり返るのかと警察は首を傾げているという。

ただ僕にはわかっていた。
Aは『逆さ女』に殺されたのだ・・・。

・・・果たしてあの『逆さ女』はなんだったのだろうか。
妖怪なのか、悪霊なのか、はたまた『逆さ女』という怪異なのか、今となってはわからない。

もし、あなたが自宅に帰って、身の回りのモノが逆さまにひっくり返っていたら気をつけた方がいい。『逆さ女』がすぐ近くにいるはずだから・・・。

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