【怖い話】違和感の正体 #268
社会人になりたての頃に体験した怖い話です。
当時、私はワンルームの賃貸アパートで一人暮らしをしていました。
仕事が忙しく、帰るのはいつも日付が変わる頃で、帰ってすぐに寝て、起きて会社に行くという、仕事中心の生活サイクルでした。
そんなある日、仕事から帰ると、アパートの部屋に違和感を覚えました。
・・・何かがいつもと違う、そんな感覚です。
違和感の正体は、部屋の据え置き型の芳香剤の位置でした。
たしか部屋の西側の角に置いていたはずなのに、東側の角に移っていたのです。
その時は、疲れすぎていて、移したのを覚えていないだけかと思いました。
けど、その後も、観葉植物の位置が少しだけ変わっていたり、台所用のタオルが洗濯機に入っていたり、そういうささいなモノの移動や部屋の変化が何度もあって、さすがにおかしいと私は思い始めました。
私が留守の間に誰かが入り込んでいるのではないか、そう思ったのです。
私は大家さんに相談してみようと思いました。
引っ越した時に挨拶したきりでしたが、大家さんは、銀髪の品のよさそうなおばあさんで、旦那さんに先立たれて、アパートの隣の一軒家で一人で暮らしていました。
隣に住む大家さんなら、日中、何か見ているかもしれない。そう思ったのです。
玄関チャイムを押すと、大家さんが出てきました。
私のことを覚えていてくれたらしく、私が名乗る前に、上品な笑みで迎えてくれました。
挨拶もそこそこに事情を簡単に説明すると、大家さんの口から信じられない言葉が出ました。
「西側に香りが強いものを置くのはよくないのよ」
・・・私は、芳香剤を部屋のどこに置いていたかまでは、詳しく話していませんでした。
なのに、大家さんが、場所を知っているということは、私の留守に部屋に入り込んでモノを動かしているのは他ならぬ大家さんということです。
「それから、お台所のタオルも頻繁に変えないと。3日も同じものはダメよ」
私は何も返答ができませんでした。
いったいどういうつもりでそんなことをしているのか、怖くて聞けませんでした。
大家さんは、話している間、ずっと優しい笑みを浮かべていました。
私はすぐに引っ越しを決めました。
何人かに相談しましたが、やはりありえないことだと言われました。
大家さんにとっては善意なのかも知れませんが、勝手に部屋に入られるのは恐怖でしかありませんでした。
引っ越し業者のトラックに荷物を積め、新しいアパートに向かってもらうと、私は菓子折りを持って大家さんの家にいきました。
顔を合わせるのは嫌でしたが、お世話にはなったので、きちんと挨拶だけしておこうと思ったのです。
大家さんは、自分が理由で出ていくとは微塵も思っていなさそうな、柔らかい微笑みで玄関に出てきました。
私は早く挨拶して帰ろうと、「お世話になりました」と大家さんに菓子折りをすぐに渡しました。
すると、大家さんは言いました。
「あら、いいのに。気を遣わなくて・・・
ところで、あなたが引っ越す次の部屋、排水が悪そうよ。ちゃんと業者を呼んで直してもらった方がいいわよ」
ゾワッと全身に鳥肌が立ちました。
この人、引っ越し先の部屋にまで入ってる。
いったい、どうやって?
なぜ?
とにかく、わけがわかりませんでした。
大家さん相変わらず聖母のような笑みを浮かべています。
私は逃げるように、その場を後にし、引っ越し先の部屋も、引っ越してすぐに引き払いました。
あれから、10年以上経ち、何ヵ所も住まいを変えていますが、今でも大家さんがどこかで監視しているのではないかと時おり怖くなります。