紙芝居のおじさん #228
今でも忘れられない怖い話がある。
私は小学校低学年の頃、近所の児童館によく遊びに行っていた。
玩具や本がたくさんあって、いつも近所の子供たちでいっぱいで、楽しい場所だった。
その中でも特に、月に何度かやってくるおじさんが読んでくれる紙芝居が好きだった。
おじさんが読んでくれたのは、「ももたろう」とか「シンデレラ」とか定番の物語だった。
その当時の年齢でさえ聞き飽きるくらい繰り返し聞いたことがある話でも、おじさんが読むとまったく別の物語のようだった。
おじさんはその昔、舞台役者をやっていたのだという。だから、話すのがとてもうまかったのだ。おじさんは、皺だらけの顔にいつもニコニコ笑顔を浮かべていて、子供達から人気があった。
そんなある日のことだった。
その日は一日中大雨で児童館にはほとんど子供の姿はなかった。
けど、私はその日に紙芝居のおじさんが来るとしっていたので雨ガッパを着て児童館に来ていた。
おじさんは私一人だけに紙芝居を読んでくれた。
私一人だけのためになんて、とても贅沢な気がして嬉しかった。
はじめに読んでくれたのは、「三匹の子豚」。もう何度も聞いた話だけど、一番下の弟がレンガの家を建てて狼に食べられずにすむシーンはハラハラした。
読み終わるとおじさんは「ふぅ」と息をついた。
「今日は○○ちゃん一人だから、特別なお話を読んであげようね」
そう言って、おじさんは鞄から別の紙芝居のセットを取り出して枠にはめた。
タイトルもない真っ黒の表紙があらわれた。
「題名がないよ?」
するとおじさんは言った。
「題名は、『かわいそうな○○ちゃん』だよ」
○○は私の名前と同じだった。
なんで?というよりは、これからどんな物語が始まるのかワクワクしていた。
「昔々、○○ちゃんという女の子がいました」
表紙をめくると、真っ黒な背景をバックに女の子が一人で泣いている絵があらわれた。
「○○ちゃんはいつも一人でした。お母さんもお父さんも家を出て帰ってきません。○○ちゃんは捨てられてしまったのです」
なんだか気分の悪い話だ。
次の紙も背景は真っ黒だった。
泣いている少女の横に大人の男の人が足されている。
「ある日、○○ちゃんはおじさんと出会いました。おじさんは一人ぼっちの○○ちゃんにも優しくしてくれました。○○ちゃんはとても嬉しくなりました」
背筋がだんだん寒くなってきた。
この話、なんだかおかしい・・・。
次のページの背景は真っ黒ではなかった。
・・・血のような真っ赤な絵具が画用紙いっぱいに飛び散っていた。
そして、バラバラな女の子が描かれていた。
「ところが、○○ちゃんは、おじさんに連れ去られて、八つ裂きにされてしまいました・・・&%#>$!」
その後も紙芝居は続いたはずなのだけど、よく覚えていない。
脳がわざと記憶を消したのではないかと思っている。
覚えていない方が私にとっていいから。
ただ、その紙芝居を読んでいる時も、おじさんはニコニコ笑っていたのはよく覚えていた。
楽しそうに、愉快そうに・・・。
ひとつ間違えていれば、私は今こうやって生きていなかったのではないか、その体験を思い出すたび、背筋が寒くなる。
最近、近所のママ友からこんな話を聞いた。
近所のコミュニケーションセンターに紙芝居を読むおじさんが来るようになった、と。
娘には絶対に行かないようにときつく言い聞かせている。