【怖い話】【心霊】第183話「海の家の怖い話」
2017/09/11
これは、学生時代、僕が、海水浴場の海の家でアルバイトした時に体験した怖い話だ。
その年は、空梅雨で、梅雨が明けてから逆に雷雨が多かった。
その日も朝から雨で、海もしけていて、日中だというのに海水浴場にひとけはなかった。空は一面灰色で鬱々とする天気だった。遠くから雷の音が聞こえた。
海の家も開店休業状態。
その日は店長と僕だけだったが、店長は早々に「なんかあったら起こして」と自分だけ裏の事務所に休みにいってしまった。
お客などくるわけなく、僕は誰もいない砂浜をボーッと眺めて、時間をつぶすしかなかった。
・・・お昼を過ぎた頃だった。
大粒の雨の中、砂浜を向こうから歩いてくる人影が見えた。
水着の女性だった。
こんな日に海で泳いでいたのだろうかと驚いた。
しかも、周りに連れの姿はない。
こんな天気に一人で?なんだか奇妙だなと思った。
ゆっくりした足取りでこちらにやってくる。
女性は白いビキニを着ていて、ウェーブした長い黒髪が濡れて身体に張りついていた。
女性は空いている席に黙って腰かけた。
僕は注文を取りに向かった。
近くで見ると、女性の髪や身体のあちこちに海草や砂がついていた。
長い髪に隠れて顔はよく見えない。なんだか気味が悪い。
「ご注文、お決まりでしょうか?」
僕はおそるおそるたずねた。
「・・・水」
か細い声が聞こえた。
「水、をください・・・」
「・・・お待ちください」
僕はコップにミネラルウォーターを注いで、女性に渡した。
女性はコップを受けとると、ゆっくりと水を飲んだ。
僕はじっとその様子を見ていた。
この女性は何かがおかしい。背中を冷や汗が流れたのがわかった。
女性は水を飲み終えると、俯いてじっと席に座っていた。
そのまま時間が流れた。
僕は注文を取りに行く勇気がなかなか出なかった。
右手を見ると、すごい鳥肌がたっていた。
足はガクガクと震えていた。
逃げ出したいけど、身体が鉛になったみたいにらその場から動けなかった。
やがて、女性は立ち上がり、何も言わず海の方へ歩いていった。
僕は拘束が解かれたようにその場にくずおれた。
滝のように額から汗が出ていた。
汗を拭いて、海の方を見ると、女性の姿は跡形もなく消えていた。
「あ~、よく寝た」
間の抜けた声がして店長が起きてきた。
店長は、膝をついて震えている僕を見てギョッとしたように足を止めた。
「どうした?」
僕が事情を話すと、店長は顔を輝かせた。
「それ、マジもんの幽霊かもしれないじゃんかよ、起こしてくれよぉ、一人で見るなんてズルぃな」
あんなもの僕は見たくなかった、一人で休んでたくせに、人の心配もしないでと内心腹が立って仕方なかった。
「どっちいった?」
僕は女性が去っていった方向を指差す。
「ちょっと探してくるわ」
店長は軽快な足取りで指差した方向に走っていった。
起きたところで、働くつもりは微塵もないらしい。
今は店長の顔など見たくなかったが、一人になると心細くてしようがなかった。
ただ心身が疲弊して、一歩も動きたくなかった。
僕は椅子に座って、店長の帰りを待った。
けど、夜になっても店長は戻らなかった。
さすがにおかしいと思って、警察に電話した。
しかし、いくら探しても店長は発見されなかった。
その日以来、忽然と消えてしまったのだ。
奇妙な女性客の話をもちろん警察に伝えたけれど、捜査の助けになったのかはわからない。
その夏、海水浴客の間に、ある怖い噂が立った。
夜の海にカップルの幽霊が出るという噂だ。
女性は黒髪に白いビキニ、男性の容姿はどうやら店長に似ているようだ・・・。
店長は女性の幽霊に海に引き込まれてしまったのだろうか。そんなことを思った。
夏も終わりに差し掛かり、海の家の営業も最終日となった。
最終日は、あの日のように朝から大雨だった。
ひとけのない海水浴場を眺めて時間が過ぎていく。
「・・・水・・くれ・・・」
背後から聞き慣れた声がした・・・。