第26話「肝試し」

2016/08/31

藪の中で僕はじっと息を潜めていた。
虫よけスプレーをかけてきたものの、何か所も蚊に刺されていた。
ポケットからスマホを取り出し、時刻を確認する。
・・・遅いなぁ。
僕はしびれを切らしていた。
トイレにも行きたくなってきた

大学のテニスサークルのメンバーと山奥のオートキャンプ場に遊びにきていた。
毎年、キャンプ場を囲む林の中で肝試しをやるのが恒例となっていたが、今年はクジ運悪く、僕はお化け役になってしまった。
女の子とペアを組んで、軽いボディタッチがあったりしてというのを期待していた分、がっかりしていた。

脅かすのに手ごろな藪を見つけてから、もう15分以上経っているが、まだ一組目が来ない。
何か問題でも起きたのだろうか。
一旦、戻ってみようかとも思ったけど、帰り道に鉢合わせてしまったら、肝試しが台無しになってしまうような気がして、迷っていた。

聞こえるのは、虫の音やフクロウの鳴き声だけ。
暗闇の中で、じっとしているとつい怖いイメージが浮かんでしまう。
お化け役の方がよっぽど肝を試されているって話だ。
いけない、違うことを考えよう。
さて、どんな感じで脅かそうか。
シンプルにタイミングよく飛び出すか。
ゆっくり四つん這いで現れて足を掴むというのはどうだろう。

その時だった。
遊歩道の向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。
ようやく1組目のお出ましだ。今回はシンプルに脅かすとしよう。
ところが、どうも様子がおかしい。一人分の人影しか見えない。
必ずペアで来るはずなのにどうしたのだろう。
それに懐中電灯も持っていないようだ。
そうこうしているうちに、人影がこちらに近づいてくる。

僕は思わず息を呑んだ。
それは人ではなかった。人の形をした真っ黒い影だった。紛れもない本物のお化けだ。
悲鳴を漏らさないように僕は息を止めて口を押えた。
どうか見つかりませんように・・・。
影は、僕が隠れていた藪の前を通り過ぎて遊歩道の向こうへと消えていった。
口を押えていた手を外す。途端に息が荒くなった。
ついに、本物を見てしまった・・・。
驚きと興奮と恐怖心で心臓が飛び出しそうだった。
・・・もうこんなところにいられない。
僕は藪から抜けて、キャンプ場へと駆け戻った。

ところが、いくら走ってもキャンプ場にたどりつかない。
5分程度の直線だから、道を間違えるはずがない。
なのに、もう15分以上も林の中を走っている。
方角を間違えたのだろうか。いや、そんなはずはないと考え直す。

僕は、走るのをやめて途方にくれた。
ふいに木々がざわめいた。恐怖が背筋をはいあがった。
さっきの人の形をした影が、進行方向から再び現れたのだ。
僕は慌てて懐中電灯を消して、近くの藪の中に隠れた。
一体、アイツは何なんだ。そして、僕はどこに迷い込んでしまったんだ。
影は、ゆっくりと僕が隠れている藪の方へ向かってくる。
僕は、目を瞑ってそいつが通り過ぎるのを待った。

5分ほど経っただろうか。
藪の隙間から辺りを窺った。
もうあの影の姿は見えなかった。
ホッと息をつき、藪から抜け、歩き出そうとした時だった。
ふいに足を誰かに掴まれた。
アイツは地面に身を潜めていたのだ。
黒い影が僕の足を捉えていた。
そいつは、ヘビが獲物を締め殺すみたいに僕の身体を上ってくる。
僕は、絶叫を上げ意識を失った。

気が付くと藪の中にいた。
まだ、夜は明けていない。
さっきからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
ふいに話し声が聞こえた。
見るとテニスサークルのメンバー二人だった。
助けを求めるため、慌てて藪の中から飛び出したが、僕を見た途端、二人は叫び声を上げて逃げて行ってしまった。
その時、僕は気が付いた。僕の身体が黒い影になっていることに。

どうやら僕は本物のお化けの仲間入りをしてしまったらしい・・・。

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