第15話「ゴミ屋敷」
2016/08/31
これは俺が中学2年の時に体験した怖い話。
ある日、俺は修学旅行の費用1万6千円が入った封筒を間違ってゴミ箱に捨ててしまった。
親父が、すごい厳しい人だったんで、正直に言えなくて、母親にそれとなくゴミをどうしたか尋ねると、すでにマンションのゴミ集積場に出してしまったという。
まだ、回収される前だったことに安堵して、懐中電灯片手にゴミ集積場に向かったが、ウチのゴミ袋はどんなに探しても見つからなかった。
母親に、本当にゴミを出したかもう一度、聞いてみたが、あんまりしつこく聞くと怪しまれるので、俺はゴミ集積場で意地になって、ゴミ袋を探し続けた。
その時、ふと、ある可能性に思い至った。
マンションの近くに、近所で有名なゴミ屋敷があった。
70ぐらいのじいさんが一人で住んでいるんだけど、付近のゴミ集積場から勝手にゴミを持ち出して自宅に集めてしまうから、悪臭に困っているという話だった。
自分には関係ない話と決め込んでいたが、そのじいさんがウチのゴミ袋を持って行ってしまったんじゃないかと思った。
俺は、記憶をたよりに、ゴミ屋敷に向かうことにした。
今から考えれば、修学旅行費を捨ててしまったことを正直に言った方がどんなによかったかと思うんだけど、その当時は親父に怒られる方が本当に嫌だった。
マンションから10分ほどのところに、ゴミ屋敷はあった。
見た目はどこにでもある木造の平屋で築30年以上は経っているように見える。
数メートル離れた場所からでも、ムッとするような臭いがして、鼻が曲がりそうだった。
軒先は、ゴミの山で埋め尽くされ、窓すら見えない。
家の中の様子を想像すると、ゾッとした。
俺は、無邪気にも、じいさんに許可を取らなければいけないものだと思い「ごめんください」と玄関から呼びかけてみた。
返事はなかった。
持ち込んだばかりのゴミなら玄関の近くにあるのではないかと思い、外に積まれているゴミ袋を一つ一つ開けて懐中電灯で確認していった。
しかし、いくら探しても、ウチのゴミ袋はなかった。
だとしたら家の中か・・・。
俺は、もう一度、家の中に声をかけてみたが、やはり返事はなかった。
もう寝ているのか。それとも出かけているのか。
俺は、勇気を振り絞って、家の中へ足を踏み入れた。
懐中電灯が廊下の両サイドに積まれたゴミの山を照らし出す。まるで、怪物の食道のようだった。
俺は靴を脱ぐことなく廊下に上がった。
ゴキブリが足元を這っていって、飛び上がりそうになった。
あまり音を立てないようにして、ゴミ袋を一つ一つ確認していった。
一歩進むごとに、廊下の床板がギシリと嫌な音を立てた。
廊下をあらかた調べつくして、奥の襖を開けると、居間だったと思しき場所に出た。
足の踏み場もない。本当は下に畳があるのだろうが、ゴミの絨毯ができあがっていた。
その部屋も懸命に探したが、一向にウチのゴミ袋は見つからなかった。
居間を抜け、さらに奥の木戸を開けた。
小さなスペースにゴミの山が積みあがっていた。
おそらく本当は風呂場なのだろう。
ゴミ山の隙間から浴槽の角がチラリと見えた。
俺はいい加減うんざりしてきた。
よく考えれば、これだけのゴミ山の中から、ウチのゴミ袋を探し出すのは、森の中で一枚の葉っぱを探すようなものだ。
俺は、風呂場を調べて見つからなければ、諦めて帰ろうと思った。
その時、玄関の方から音がした。
じいさんが帰ってきたんだ。
俺は慌てて懐中電灯を消して、息を殺し気配をうかがった。
ギシリ、ギシリ。
じいさんが廊下を歩く音が聞こえる。
その音は、だんだんと近づいてきているような気がする。
ザッ、ザッ。
ゴミ山を踏む音がした。音は確実にさっきより近づいてきている。
気づかれているのか?俺はパニックを起こしかけた。
風呂場の窓はゴミで埋まってしまっていて逃げられそうにない。
袋小路だった。
どうすればいい?
俺は、咄嗟に、ゴミをいくつかどかしてスペースを作ると、そこに身体をねじ込んで、自分の身体が見えないようにゴミで隠した。
ザッザッ。じいさんが近づいてくる。
ガラガラ。風呂場の木戸が開かれた。
心臓が飛び出しそうだった。
フー、フーというじいさんの化け物じみた息遣いが聞こえた。
そして、突然、ドスッと鋭い音がした。
ゴミとゴミの隙間からソッと様子を見ると、目を血走らせたじいさんがゴミに包丁を突き立てていた。
目の前の光景が信じられなかった。
じいさんは包丁を抜くと、隣のゴミ袋に再び包丁を突き立てた。
人が隠れているのを承知で、やっているに違いなかった。
正気じゃない。殺される。
じいさんの包丁がどんどん俺の方に近づいてくる。俺は微かに残った理性で逃げるタイミングを図っていた。
ふいに、音が止んだ。
そして、ガラガラと木戸が閉まる音がした。
隙間から様子を窺うとじいさんの姿はなかった。
よかった・・・諦めてくれたんだ。
俺は心の底から安堵した。
身体の上のゴミをどかして、外に出た。
その瞬間、死角に隠れていたじいさんが目の前に現れ、不揃いの歯をむき出しにして、人とは思えない奇声を上げた。
俺は叫び声を上げて、気を失った。
気がつくと、周りは真っ暗だった。
生臭い臭いが鼻を突き抜けた。
俺は全身、生ゴミの中に浸かっていた。
力いっぱい上に手を伸ばすと、天井があった。左右にも壁があった。
そこは、ダストボックスの中だと瞬時に悟った。
じいさんは、俺をゴミとして捨てたんだ。
その時、身体がフワッと軽くなるのを感じた。
ダストボックスが持ち上がっている?
たしか、ダストボックスはクレーンで引き揚げ、中身を一気に回収車の回転部分に入れて粉砕するのではなかったか。
昔、子供がダストボックスに隠れていて、回収車に巻き込まれた事故があったと聞いたことがあるのを思い出した。
俺は力いっぱいダストボックスの壁を叩いた。
「助けて!助けて!」
ガクンとダストボックスが横倒しになり、蓋が開いた。
目の前に、回収車の回転する金属が見えた。
「うわぁぁぁぁ」俺は叫び声を上げた。
その時、「止めろ!」と誰かの声が聞こえた。
作業員の人が俺の声に気づいてくれて、間一髪、ダストボックスから落とされずに済んだ。
俺から事情を聞いた警察が家に踏み込んだ時には、じいさんは姿をくらませていたらしい。
それきりじいさんは行方不明になり、ゴミ屋敷は市の職員が綺麗に片づけ、しばらくして家屋自体も解体されて更地になった。
だが、この話は、これで終わりじゃないんだ。
後日談がある。
2、3か月経って、俺も、だいぶ悪夢にうなされなくなった頃、俺の家の玄関前に俺の修学旅行費が入った封筒が落ちていた。
その周りには、生ゴミみたいな嫌な臭いが残っていた。
もう終わったことだと思っていたから、信じられなかった。
俺は、それからまたしばらくじいさんの影に怯えて暮らすことになった。
けど、それ以来、今まで、何かがあったわけじゃない。
でも、ときおり、どこからともなく生臭いゴミのような臭いが漂ってくることが今でもある・・・。